遠藤哲哉という「影」が目指す、DDTの"不安定"な未来

©︎株式会社DDTプロレスリング

Abema TVや自社サービスを使ったコンテンツ配信の実施や海外での興行開催など、この数年間で飛躍的な成長を遂げたDDTプロレスリング。2019年7月15日には、数千人規模の大会場での全席無料興行という、意欲的なチャレンジも予定している。そうした順風満帆に見える団体のあり方に、違和感を隠さない男がいる。DDTを代表するKO-D無差別級のベルトを保持する遠藤哲哉だ。

デビュー以来、ほぼ同期にあたる団体のホープ、竹下幸之介と比較され続けてきた遠藤。まるで「光」と「影」のような2人の関係は、大田区総合体育館で開催される「Wrestle Peter Pan 2019」で、新たな局面を迎えようとしている。自らを“不安定”な王者と名乗る遠藤。竹下、そしてDDTに対する想いを本誌に語ってもらった。

飯伏幸太に憧れた男が直面した「光」と「影」の現実

デビュー当時のキャッチフレーズ「飯伏直撃世代の新人」からもわかるように、遠藤哲哉のプロレス人生は飯伏幸太との出会いから始まった。

遠藤 友達が持ってたプロレスゲームで遊んだり、たまにテレビやビデオで試合を観たりする程度には好きだったけど、本当にレスラーになりたいと思ったのは19歳のとき。新日本プロレスで行われた、アポロ55(田口隆祐&プリンス・デヴィッド)とゴールデンラヴァーズ(飯伏幸太&ケニー・オメガ)のIWGPジュニアタッグ王座戦を観たのがきっかけ。中学、高校時代に新体操をやってたこともあって、とにかく飯伏選手の驚異的な身体能力に圧倒されてしまって。

2010年のプロレス大賞(ベストバウト賞)に選ばれたこの試合は飯伏幸太、そして飯伏が当時所属していたDDTの名を大きく知らしめることに。さらには、遠藤哲哉をはじめとする“飯伏直撃世代”の人材たちをプロレス界へと引き込み、現在の活況を産み出す起点にもなった。


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遠藤 あの試合を観てから、すぐにDDTに連絡をしてテストを受けて入門したのが2011年で、デビュー戦は2012年の4月。その4か月後に“アイツ”がデビューするんですよね。

“アイツ”の名前は、竹下幸之介。「ザ・フューチャー」というキャッチフレーズのとおり、DDTの未来を担う逸材として、破格の扱いを受け続けている選手だ。タッグ形式で行われた遠藤の、いわゆる新人らしいデビュー戦に対し、日本武道館で行われた竹下のデビュー戦の相手を務めたのは、その後WWEでも活躍したエル・ジェネリコ(サミ・ゼイン)。翌13年には早くもプロレス大賞(新人賞)を受賞したほか、棚橋弘至とのシングル戦も経験するなど、明らかにエリートとしての道を歩んでいく。

遠藤 デビューが近いということで、どうしても比較されるわけですよ。実際、実力の差もあったから会社も必然的にアイツにチャンスを与えていたし、アイツもそれに応えていた。もちろん焦りはあったけど、だからどうする? ってところまで辿り着いていなかったのが、当時の自分だった。

新体操経験者ならではの身体能力の高さから繰り出されるアクロバティックな大技の威力が、新人時代から評価されていたとはいえ、常に話題の中心にいるのは竹下。両名の存在が「光と影」と表現される機会も多かったが、「光」はあまりにも強すぎた。竹下とのコンビで、憧れの飯伏幸太&ケニー・オメガ組からタッグ王座を奪取した際も、そこでの遠藤はやはり「光」あってこその「影」。遠藤のプロレス人生は、当人曰く徐々に“面白くない”ものとなっていった。

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