ベルリンの壁崩壊を後押しした、東ドイツの若きパンクスたちの物語

HAUとL’AttentatのベーシストRatte 1983年ベルリンにて(Photo by Christiane Eisler/Transit Agency)

「セックス・ピストルズは、冷戦の終結の際に『この壁を破壊せよ』と語ったレーガン大統領以上に、我々にとって重要な存在だった」米ジャーナリストのティム・モーが、自身の著書『Burning Down The Haus』が描くパンクの社会的影響力、東ドイツのパンクスたちによる当時のムーブメントを語る。「若きパンクスたちには合言葉があった。”未来を目の前にして、くたばるわけにはいかない”」。

アメリカ生まれのジャーナリスト兼作家、ティム・モー(Tim Mohr)は、1992年に初めてベルリンを訪れた際に、壁崩壊後の街がイメージとはまるで違っていたと話す。「国全体がオクトーバーフェストのような祝祭ムードに包まれていると思っていたんだ」 著書『Burning Down Haus』の発売を記念し、ブルックリンのラフ・トレードで開催されたインストアイベントにて、彼はパンク・ジャーナリストのレッグス・マクニール(Legs McNeil)にそう語っている。「飛行機を降りた瞬間、レーダーホーゼンを着た人々が巨大なジョッキを片手に歩いてるっていうイメージが、まったくの見当違いだってことに気づいたんだ」。

彼が目にしたのはゲルマン民族が支配するおとぎ話の世界ではなく、東ドイツにあった動物園のすぐ側に立ち並ぶ灰色のビル群だった。「夜には動物たちの雄叫びが聞こえた」彼はそう話す。「荒廃した街の様子を目にして、自分がいかに無知だったかを思い知らされた」 ほどなくして現地のナイトライフの住人となった彼は、様々なスクワットパーティやナイトクラブに出入りするうちに、徹底したDIY精神を掲げる東ドイツのパンクスたちと親しくなっていった。1998年末まで謎に包まれていたそのシーンでDJとして活動していたモーの音楽仲間の多くは、東ドイツの秘密警察のシュタージに尋問され、GDRによって投獄されたという。彼らの口から語られたストーリーの数々が忘れられなかったモーは、10年以上の時を経て再び現地に赴き、独自にリサーチを重ねた。その集大成である『Burning Down the Haus: Punk Rock, Revolution and the Fall of the Berlin Wall』が描くのは、社会を動かした若者たちによる反抗の歴史だ。

「ビッグマックが食べたいなんていう理由で、独裁政権を終わらせることはできない」」

「レーガンの『この壁を壊せ』っていう有名なスピーチや、ビッグマックとリーバイスに憧れる東ドイツの人々の思いが社会を動かしたっていうのは、アメリカ人の勝手な思い込みなんだ」モーは本誌記者にそう語った。「独裁政権を終わらせようと、身を呈して変化を促した人々を僕は知っている。ハンバーガーが食べたいなんて理由で、社会を動かすことはできないんだ」。

10年近い年月を費やし、モーはその当事者たちを追い続けた。本作の根幹を成すのは、これまで誰も耳にしたことのなかった彼らの物語だ。


左:著者のティム・モー(Tim Mohr) 右:著書の『Burning Down The Haus』表紙

「シュタージのファイルを読んだ時、そのパラノイアぶりに愕然とさせられた」彼はそう話す。「皆で髪を切ってる子供たちの集団に秘密警察が目をつけるなんて、西側諸国で生まれ育った僕には到底理解できない感覚だった。でも実際には、シュタージのそういう姿勢は見当違いではなかったんだ。なぜならそういう若者たちは、独裁政権を終わらせようと本気で目論んでいたからだ」

Translated by Masaaki Yoshida

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