サブライムのセルフタイトルアルバムが色褪せない理由

ノウェルが死の直前に行ったラジオ番組でのインタビューで、サブライムサウンドに影響を与えた曲をメドレーで紹介していた。

「すべての始まりはスカだった。このスタイルに夢中になり、俺の人生が変わったんだ。パンクも同じ。あの歪んだギター・サウンドじゃなくてパンク特有のアップビートが好きだったけど。それにレゲエ。これはスカがスローになったやつだ。そうやって好きになったスタイルをミックスして自分たちのサウンドが出来上がったのは当然のことだよ」と、語っていた。

サブライムがスカとパンクを融合させた唯一のバンドではない。ザ・クラッシュはサブライムの何十年も前にパンクとレゲエを組み合わせる試みを行っているし、90年代半ばにはOperation Ivyのようなリバイバリストたちの活躍で、スカ・パンクは至るところで聞こえるようになった。そして、スカ信奉者たちの間でカルト的な人気を博する前に、リール・ビッグ・フィッシュ、Less Than Jake、マイティ・マイティ・ボストーンズなどの同類のバンドが束の間の人気を謳歌した。一方、サブライムと同世代の音楽仲間(であり最初のWarped Tourにも一緒に参加した)のNo Doubtのメンバーたちは、一発屋で終わらずに生き残った数少ないバンドである。皮肉なことに、音楽が認められたとは言え、彼ら最大のヒット曲を引っさげてツアーすることは一度も叶わなかった。

「魔法のじゅうたんで飛んでいると想像してみてくれ。俺たちは飛び立ったばかりだった」とゴウ。「まだスタジアムまでたどり着いていなかった。これはエリックと俺がガキの頃に決めた目標の一つだったのさ。ザ・フーをコロシアム(LAメモリアル・コロシアム)に観に行ったとき、クラッシュも出演していて、俺たちは『これってマジですげぇ! おい、観客は10万人だぜ。そんな大勢の前であいつらはプレイして、最高の時間を過ごしている。なあ、エリック、オレとお前であれをやろうぜ』ってね」と。

サブライムの音楽の楽しそうなムードとは異なり、残されたバンド・メンバーにとっては辛いことも多々あったという。ゴウとウィルソンは90年代後期にロング・ビーチ・ダブ・オールスターズとコラボレーションしたあと、2000年代は様々なプロジェクトに参加するようになった。2009年、ノウェルの代わりに入ったローム・レミレスと一緒にサブライム名義で2人は音楽活動を再開した。しかし、トロイとノウェルの家族からサブライムを使わないようにする裁判を起こされてしまう。そこで彼らはサブライム・ウィズ・ローム(Sublime With Rome)としてツアーとレコーディングを行うことにした。しかし、2011年、ゴウは不和を理由にバンドを去ってしまった。ゴウの代わりを務めたドラマーが多作のセッション・ドラマー、ジョシュ・フリーズだった。

「やったことをあとで後悔したよ」とゴウ。「それまでになかった感じでみんなに言われたんだ。自分の家族から始まって、周囲のみんなが『今のツアーは昔とは違うよ。ドラッグや売春婦みたいなヤバいものもない。家族だって帯同できるし、他のバンドもやっているよ』ってね。でも、それは本当じゃなかった」と、ガウが説明した。

一方、ウィルソンは今でもサブライムは昔と変わらない演奏ができるが、彼とリズム・セクションを組んでいた以前のパートナーが残した辛さは消えないと言う。

「バドはバンドの原動力だったし、彼らしいスタイルもあったと思う。でも、あまり努力をしないタイプでね。残念だけど。そうだな、バドはドラマー版ミッキー・ロークって感じ。ミッキー・ロークはしばらくの間、ハリウッドから追放されていたよね。もしバドが俳優だったら、きっと国中から邪険に扱われるだろうね」とウィルソンが語った。

とは言え、過去の傷のいくつかは癒えたようだ。トロイはサブライム・ウィズ・ロームに最初に感じた不安や恐怖を克服したという。今でも彼女はソウルメイトであり、彼女の子供の父であるノウェルの死を悼み、アーティストだった彼のレガシーを守り抜こうと奮闘している。

トロイが説明してくれた。「かなり感情的になっていたの。彼らにサブライムという名前を使ってほしくなかった。『そのバンド名じゃなきゃダメなの?』ってね。あれから5年経って、サブライムというバンド名でも全く問題は起きていない。去年の7月にやっと彼らのライブに足を運んで、初めて彼らの演奏を見たの。自分の感情を抑えられなくなるかも…と心配してたわ。エリック・ウィルソンとも何年も会っていなかったから。彼らのマネージャーと最初話をしたけど、とても素敵な体験だった。だってファンは誰が歌っていても気にしていなかったから。みんな音楽を生で聞きたいだけなの。それがサブライムのライブの醍醐味なのよ。そう、みんなが一つになっていた。みんなが一緒に歌っていたのよ」と。

Translated by Miki Nakayama

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