カート・コバーンの娘フランシスが挑んだ、父の真の姿を伝えるという使命

亡き父に向ける真摯な思いを明かしたフランシス・ビーン・コバーン (David LaChappelle for Rolling Stone)


2014年4月10日、ニルヴァーナはロックの殿堂入りを果たした。ブルックリンで開催された式典では、グロールとノヴォセリック、そしてパット・スミアの3人が、ジョーン・ジェットやロードをはじめとする女性シンガーたちと共に、カートが残した曲の数々を演奏した。ラヴとグロールは壇上で、互いに笑顔でハグし合った。式典にはカートの母親と妹も出席していた。

しかし、会場にフランシスの姿はなかった。彼女は体調を崩しているという、壇上でのラヴの発言は事実だった。「それもあるけど、家族のドラマじみた光景がテレビで放送されることに抵抗があったの」式典に出席しなかった理由について、自宅のリビングにいる彼女はそう話す。「それに私はニルヴァーナとは関係ないしね。あの日ステージに立っていた人はみんな、私よりもずっとバンドに近い存在だもの。父が残した功績の証を、私は何一つ受け取るつもりはないの」それでも、式典に出席しなかったことで悔いていることがひとつだけあるという。「ジョーン・ジェットに会う機会を逃しちゃったことね。私は彼女の大ファンだから」

フランシスが言う「誰もが与えられるはずのプライバシー」を失うことなく成功したいという思いは、彼女の父親がずっと抱いていた願いでもある。1993年のMTVニュースでのカートの発言は、今でも強く彼女の印象に残っている。「ジョン・レノン並みの名声を得つつ、リンゴ・スターの匿名性が欲しい」

フランシスにとって、父親と比較されることは日常茶飯事だ。嫌味たっぷりの笑顔を浮かべ、自身を「カート・コバーンの卵」と揶揄する彼女は、赤の他人のみならず、時には友人たちの前でも「K.C.の背後霊」の存在を感じることがあるという。「まるでお化けを見るかのような目で接してくる人もいるわ」昨年サンディエゴのコミックマーケットに行った時のことについて、フランシスはこう話す。「当時はブロンドヘアで、その日はカーディガンを着てた。そしたら知らないやつがこう言ってきたの。『見事なカート・コバーン・ルックだ』」

カートはもちろんのこと、彼女は才能ある母親についても誇りに思っている。奇しくもカートがこの世を去った週に発表された、ラヴ率いるホールの1994年作『リヴ・スルー・ディス』について、フランシスはこう語る。「あのアルバムが売れたのは、人々が彼女に同情したからなんかじゃやないわ。あれがマジで最高の作品だからよ」

フランシスとカートのもう一つの共通点、それは幼い頃に引越しを繰り返したということだ。両親の離婚後にカートが親戚等の間でたらい回しにされたように、彼女はラヴやオコナーだけでなく、親戚やナニーと暮らした時期もあり、合計28回もの引越しを経験したという。最も子供らしい日々だったというオコナーとの生活について、フランシスはこう語る。「毎日『バフィー〜恋する十字架〜』を観て、あったかい手料理を食べて、雪が降った日は叔母さんと雪合戦したわ」15歳の夏には、彼女はニューヨークでローリングストーン誌のインターンを経験している。

「その後はコートニーと暮らすようになったわ。何だかんだ言っても親子だし、私は母さんを愛してるから」そう話した後、フランシスはためらいながらこう付け加えた。「でもあの頃、母さんはものすごく忙しかったの」


フランシス・ビーン・コバーンとコートニー・ラヴ 『アメリカン・アイドル』のバックステージにて 2005年 (Photo by Ray Mickshaw/WireImage)

フランシスが10代だった頃の自身の状況について、ラヴはぶっきらぼうながらも率直に語っている。「彼女には辛い思いをさせたこともあった」ラヴはこう続ける。「彼女が13歳になる頃くらいまでは、とても平穏な日々だった。でもその後、私は身も心もボロボロになってしまった」そう話す彼女の声は、次第に小さくなっていった。「なんとか持ちこたえたけどね」最近では、ラヴは『サン・オブ・アナーキー』や『Empire/エンパイア 成功の代償』等のテレビドラマに出演しているほか、5月にはラナ・デル・レイのツアーで前座を務めることが決定していた。

フランシスは自身の私生活、過去、そして今後について率直に語りながらも、慎重な姿勢は崩そうとしない。彼女はロサンゼルスのロックバンド、ランブルズでギターヴォーカルを務めるイサイア・シルヴァと婚約したと言われているが、インタビューの間は彼を「彼氏」と呼ぶにとどめていた。自身のドラッグの経験について尋ねられると、彼女は間髪入れずにこう返してきた。「マリファナだけだよ」彼女はこう続ける。「何がオッケーで何がそうでないかは、コートニーを見ててわかったから」やや穏やかな口調になり、フランシスはこう付け加えた。「彼女が身をもって示してくれたからね」

「本を読まない日はないわ」日常生活について尋ねられた彼女はそう答える。「あと週に一度は絵を描いてる。客観的になれるよう、数日おいてから作品を見直すようにしてるわ」彼女はカートの財産の管理については、今後も積極的に関わっていくつもりはないという。「本当に必要な場合にだけ関わるようにしてる。自分の人生を父親の財産管理に費やすなんてまっぴらだもの」

「彼女は自立した女性だ」『モンタージュ・オブ・ヘック』のエグゼクティブ・プロデューサーであり、カートの財産管理に携わる弁護士のデヴィッド・バーンズはそう話す。「ヴィジュアルアーティストである彼女のアートへの関心は、カートとの共通点のひとつだ。でも彼女は、父親が残した作品の管理で食べていくなんてことには、これっぽっちも興味を持っていないんだ」

モーゲンと共に作り上げた『モンタージュ・オブ・ヘック』が自身にもたらした影響について問われると、フランシスはことも無げにこう答えた。「そんな大袈裟なものじゃなかったわ。ただカートに対する私の印象は、少し変わったかもしれないわね。憎いと思う気持ちは薄れたと思う。今は父のことをもっと理解できるようになったし、共感できる部分も少なくないから」

それでもモーゲンは彼女について、2年前に初めて会った時とは違った印象を持つようになったという。彼女が試作版を観た数日後に送ってきたメールの内容に、彼は驚きを隠せなかった。「カートという存在に彼女がどう向き合ってきたか、そしてあの映画に彼女がいかに救われたかということが、そのメールには綴られていたんだ」

ラヴもモーゲンに同調する。「あの子は強くなったわ。堂々と胸を張って歩いていけるようになった」さらに彼女はこう続ける。「今フランシスは人生の岐路に立ってる。これからどこに向かうのか、何を成し遂げるのか、すべて彼女次第ね」

インタビューの終盤になって初めて、彼女は『モンタージュ・オブ・ヘック』が大きな影響をもたらしたことを認めた。「あの作品は私の人生のチャプターのひとつに決着をつけてくれた。これからもずっと、私にはカートのイメージがついてまわると思う。それは構わないの、受け入れる覚悟はできてるから。でもこの映画のおかげで、私はこう口にできるようになったの。『私が携わったこの作品を、カートはきっと誇りに思ってくれる。そして私は今、自分の足でこの人生を歩んでる。それはニルヴァーナとも、カート・コバーンとも、もちろんコートニー・ラヴとも関係ないの』」

「野心家なところは両親譲りね」フランシスは自身についてそう語る。「でも私は、自分自身の手で成功を掴みたいの」

Translated by Masaaki Yoshida

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