ビートルズのインド訪問50周年、あなたが知らない16の歴史的トリビア

ビートルズは1968年にインドのリシーケシにあるマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーの僧院を訪問。あなたが知らないかもしれないこの訪問時の出来事を見てみよう(Photo by Hulton Archive/Getty Images)

ビートルズがインドを訪れてから、2018年2月で半世紀が経過した。『指輪物語』の映画化が持ち上がったこと、『ザ・ホワイト・アルバム』の起源など、歴史に刻まれたビートルズのリシーケシでの滞在に関するトリビアを、ここに一挙紹介する。

1968年になる頃には世界規模の人気と成功にもかかわらず、いや、そのせいとも言えるかもしれないが、ザ・ビートルズは自分たちの魂が疲弊していることに気付いた。「それまで僕たちはビートルズで在り続けたし、それは素晴らしいことだった」と、ポール・マッカートニーが『ビートルズ・アンソロジー』で当時を回想している。「その現実に自惚れないように務めていたし、かなり上手くやっていた。頭がイカれることもなかったし、テングになることもなかった。でも、いつでも『ああ、そうだな、有名になるのは素敵だ、リッチになるのも素敵だ。でも、一体何のためにやっているんだ?』という感覚がつきまとっていた」

そこで、ビートルズはその答えをマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーを通して見つけようとしたのである。マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーは超越瞑想の指導者だ。このグルとの交流は結果的に1968年2月、インドのリシーケシにあるマハリシの寺院へと彼らを導くこととなり、これはマスコミが大騒ぎする大きなイベントとなった。彼らがインドで求めたものは瞑想による魂の覚醒だったが、この旅は彼らの創造性を刺激し、彼らにとって最もクリエイティヴな時期となった。この滞在中に彼らが作った楽曲の総数は48曲と言われていて、その楽曲のほとんどが同年後半にリリースされた『ザ・ホワイト・アルバム』に収録された。もともと僧院への滞在を3か月間としていたのだが、マハリシが性的な違法行為を行った疑惑が発覚し、その影響で彼らの滞在も短縮された。「あそこで僕たちは間違いを犯したんだ。僕たちは瞑想の効果は信じているけど、マハリシや彼の世界は信用していない。(中略) 彼のことを実際の彼以上の人物だと思い込んでいた」これはレノンが後に語った言葉として『ビートルズ・アンソロジー』内で引用されている。

最終的には後味の悪さを残した旅ではあったが、ビートルズが訪問したという事実が計り知れないインパクトを与えたものは、彼らの『ザ・ホワイト・アルバム』だけではなかった。「ビートルズとマハリシの関係がきっかけで西洋世界はインドに目覚めた。インドの装い、瞑想、ヨガ、シタールの演奏などに大きな興味を示し始めた」と、ポール・オリバーは自身の著書『Hinduism and the 1960s: The Rise of a Counter-culture』(2014年初版)で述べている。そして次のように続く。「ビートルズがリシーケシを去る時、マハリシに対して複雑な負の感情を明らかに抱えていたが、年を重ねるにつれて彼に対する悪感情も消え去り、マハリシが自分たちに与えた影響のポジティヴさを公に語るようにすらなっていた」

2018年2月は彼らの歴史的なインドへの旅からちょうど半世紀になる。彼らの故郷リバプールにある博物館ビートルズ・ストーリーでこの旅の50周年を記念する展示を行う。また、フォトグラファーのポール・サルツマンの新著『The Beatles in India』が2月13日に出版される。サルツマンはビートルズと共に僧院に滞在したフォトグラファーだ。半世紀の節目に敬意を表して、彼らのインド滞在に関する16のトリビアを公開する。僧院での暮らしからインドで彼らが作った楽曲の裏話、マハリシとの決別を決定づけた事件まで、あなたの知らないトリビアばかりかもしれない。

Translated by Miki Nakayama

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