ルー・リードやマドンナ、ビースティ・ボーイズなど、80年代を貴重なポートレートで振り返る



(C)Laura Levine

ザ・クラッシュ(ニューヨーク、1981年)
1981年の春、ザ・クラッシュがタイムズスクエアにあるボンド・インターナショナルカジノ(元は紳士向け衣料品店だがその後ナイトクラブに転身した)を占領し、毎晩異なるオープニング・アクトを呼んで数週間にわたるライブ・パフォーマンスを行ったのはあまりにも有名です。私は期間中に5回通い、スリッツからグランドマスター・フラッシュ・アンド・ザ・フューリアス・ファイヴまで、あらゆる人がオープニング・アクトで登場するのを見ました。音楽誌『サウンズ』の特集記事で使用する写真を撮影するために、無制限の入場を許可されていたのです。私はステージや舞台裏、屋上で彼らを撮影しました。この写真は、彼らがステージに上がる直前に楽屋で撮ったものです。きちんと撮影した写真もありますが、楽屋で撮ったこの写真が、クラッシックなパンク・ロックバンドにしっくりくると思いました。


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ジョーイ・ラモーン(ニューヨーク、1982年
「男の冷蔵庫の中を覗きながら、あなたは彼の魂を覗いているのだ」─ 作者不明

OK、私はことわざを載せましたが、この言葉は深い真理を突いていると思います。私が初めてラモーンズに会い、彼らを撮影したのは大学生のときでした。1977年から今日に至るまで、私は世界がいまだに彼らの偉大さと重要性を理解してないように思います。ジョーイの生活感のある部分を見せるというアイデアがとても気に入りました。そのような訳で、彼の冷蔵庫の中身なのです。パンク・ロック・ミュージシャンとしての彼の人格に反して、彼はこれまで私が撮影してきた人たちの中でも、もっとも思いやりのある(そして恥ずかしがり屋の!)1人でした。私たちはイースト・ヴィレッジにある彼のアパートのキッチンで、このポートレートを撮影しました。彼は繊細でユーモアのある人でした。


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ティナ・ウィモウスとグランドマスター・フラッシュ(ニューヨーク、1981年)
このポートレートは、雑誌『ニューヨーク・ロッカー』の表紙に使用するために1981年に撮影したものです。この時期はまさにアップタウンとダウンタウンのミュージックシーンがお互いの良さを理解し始めた頃で、素晴らしい相互作用の空気感がありました。ティナ・ウィモウスとクリス・フランスによるニュー・ウェイヴユニット、トム・トム・クラブは、ラップやヒップホップの要素を盛り込んだファースト・アルバムをリリースしたばかりでした。ティナとフラッシュはこれまで会った事はありませんでしたが、2人はすぐに意気投合し、リー・キュノネスのグラフィティが描かれたハンドボールをするための遊技場(ちょうど数ブロック先で私は育ちました)の壁の前で、レコードを交換したりダンスをしたり、ラジカセを大音量で鳴らして音楽に合わせてバンプをしました。何年も経ってから、ティナはこの撮影が終わった後にトーキング・ヘッズのニューアルバム『スピーキング・イン・タンズ』のリミックスをしているスタジオに戻るときに、フラッシュを招待したことを話してくれました。それから数ヶ月の間に、グランドマスター・フラッシュ・アンド・ザ・フューリアス・ファイヴは、トム・トム・クラブの『Genius of Love』をカヴァーしたヒット曲『It’s Nasty (Genius of Love)』を制作しました。この撮影から新たな音楽の繋がりが生まれたことを知り、とても興奮しました。

Translation by Yuka Ueki

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