ラスマス・フェイバーが語る新境地、日本文化への共鳴、アニメ/ゲーム音楽の制作から学んだこと

ラスマス・フェイバー

スウェーデン出身のDJ/プロデューサー、ラスマス・フェイバー(Rasmus Faber)が、ニューアルバム『Where Light Touches [A NIMA Story]』を今年5月にリリースした。本作は自身初のヴァイナル化も実現し、LPが10月25日に発売される。

10代の頃から地元ストックホルムでジャズピアニストとして活躍していたラスマスは、2002年、ハウスミュージックに魅せられて制作したデビューシングル「Never Felt So Fly」が評判を呼び、UKの名門ハウスレーベル「Defected Records」と契約。その後、自身のレーベル「Farplane Records」を立ち上げ、レーベル第1弾作品となったシングル「Ever After」(2003年)が世界的なヒットを記録し、ここ日本でも、2000年代のクラブシーンを席巻した“乙女ハウス”ブームの立役者として絶大な支持を獲得する。

また、日本のアニメ音楽から影響を受けたという彼は、2009年に日本のアニメソングをジャズアレンジでカバーするプロジェクト「プラチナ・ジャズ」シリーズを始動。スウェーデンの気鋭ジャズプレイヤーが演奏で参加した本シリーズは、ジャンルの枠を超えて人気を集めた。さらに坂本真綾、中島愛、ワルキューレといったアニメ/声優シーンで人気のアーティストへの楽曲提供、アニメやゲーム作品の劇伴音楽の制作など、多岐に渡る活動を行っている。

そんなラスマスの最新プロジェクトとなる今回のアルバムは、ロサンゼルス在住のイラストレーター、ロス・トランによるアートブック「NINA」にインスパイアされた作品。美しいメロディーと深いアンビエンス、フルオーケストラによる豊かな演奏と繊細な電子音が融合した、ネオクラシカル的な作品になっている。常に新鮮な気持ちで音楽を追求する彼が、今作で取り組んだ新たな挑戦に迫る。



―ニューアルバム『Where Light Touches [A NIMA Story]』は、ロス・トランのアートブック「NIMA」にインスパイアを受けて制作されたとのことですが、どんなところに魅力を感じたのですか?

ラスマス:ロスの作品に触れた時、僕が音楽に対して持っているのと同じような野望を感じたんだよね。現実逃避するための手助けになるような、現実世界よりもより美しいリアリティへ誘う作品と言うか。彼は色遣いと形状について素晴らしい感覚を持っているし、それが僕を別の世界へと誘ってくれるような気がするんだ。彼は日本のイラストレーションに影響を受けているけど、僕もアニメの仕事をたくさんしているからシンパシーを感じたし、とてもオープンで特定の国籍や伝統に囚われていない感じがする作風も僕と似ている気がする。僕自身、ある特定の国の持つ伝統や音楽には、どこにも属していないと思っているからね。


「NIMA」について、ロス・トランみずから解説した動画

―今回のアルバムではアンビエント/ネオクラシカル的な作風に挑戦されていますが、そのアイデアは「NIMA」のどんな部分に触発されて導き出されたのでしょうか。

ラスマス:アイデア自体は以前から僕の中にあったものだね。というのも、僕はこの数年、ゲームや日本のアニメの音楽をたくさん手掛けてきて、サウンドトラックを制作するためのテクニックにとても興味を持っていたので、そうした曲作りのメソッドを使いながらも、クリエイティブな面において自由度の高い作品を作ってみたいと考えていたんだ。それで曲を書き始めていたんだけど、物語や世界観のようなものが欠けていると感じていた。そんなときに「NIMA」と出会って、方向性が固まったんだよ。「NIMA」は“ワールド・ビルディング・ブック(世界を構築するための本)”とでも言うべき作品で、物語ではなくNIMAの世界観を詳細に描いた本なんだけど、今回のアルバムに収録されている楽曲はどれも、NIMAの世界に存在する特定の場所やキャラクターやシナリオを描いているんだ。いわばNIMAの世界のサウンドトラックという感じだね。

―制作を進めるなかで意識したこと、こだわったポイントを教えてください。

ラスマス:完成したアルバムはストリングスが主要な部分を占めているけど、最初は自分のスタジオにあるグランドピアノやマリンバを使って楽曲を書き始めたんだ。グランドピアノはとても素敵な音色だから弾いていて楽しいし、僕は丸みのある木琴の音が好きだから、そういう木の感触をサウンドに取り込みたかったんだよね。そこにエフェクト音を足していくなかで、「このアルバムにもっと豊潤なテクスチャー(感触)を与えたいな」と考えて、制作の終盤でオーケストラによるストリングスを取り入れることにした。だから、このアルバムはミニマルな感じで始まって、最終的にはある意味ロマンチックで美しいものへと発展していったんだ。結果的に本当にたくさんの要素がバランスよく混ざり合ったものになって、とても満足しているよ。

―そういったピアノやマリンバから作り始める行程は、普段ハウスミュージックを制作するときのアプローチとは異なる?

ラスマス:ハウスミュージックを作るときはプロセスがちょっと違っていて、毎回違うアプローチを試みている。ナイスなグルーヴを探す必要があるし、楽器に関してもベースやドラムが大切になるからね。ただし、ひとつだけ例外があって、数年前にリリースした『Two Left Feet』(2019年)というアルバムは、ピアノとマリンバを使ったミニマルなスタイルで、ハウスミュージックで映画音楽的なものを追求したんだ。僕にとってはかなり興味深い実験的な作品になったね。今はよりグルーヴィでクラブサウンドをベースにしたハウスミュージックに立ち返っているよ。


―また、本作はDolby Atmosで制作・ミックスされているのも特色です。作曲や楽曲制作の時点から、サラウンドサウンドを意識して取り組まれていたのでしょうか。

ラスマス:うん。このアルバムの制作にあたって、すべてをサラウンドサウンドで作るというのは初期から構想していたアイデアのひとつだった。その少し前に映画音楽の仕事を通してDolby Atmosについて研究していたからね。だから、自分のスタジオにサラウンドサウンドのシステムを完備したんだよ。ピアノやストリングス、他の多くの楽器に関しても、それぞれ違った技術を駆使して、サラウンドサウンドでレコーディングを行った。部屋中にたくさんのマイクをセッティングしてね。エレクトロニックなエフェクトについても、サラウンドでプロデュースすることを心掛けていて、このアルバム全体がとても深みのあるサラウンドサウンドの精神を持っていると言えるだろうね。

―今作の収録曲の中で、特にサラウンドサウンドを活かせたと思う曲を挙げるとすれば?

ラスマス:正直なところ、アルバム全体で感じられるとは思うけど、いちばん最初の曲(「Train To Nimbus」)はその良い見本だろうね。もちろん、Apple Musicで聴いても、特別なオーディオを通して聴けばとても深みのある音を感じられると思う。家にいくつかスピーカーがあって、そういうシステムが揃っていればの話だけどね。でも、ヘッドフォンでもある程度はこの壮大な空気感を感じてもらえるようには作っているよ。ただし、コードレスのイヤフォンだけは、少し空間の隙間を感じてしまって、幻想を完全に再現することは難しいかもしれないけど。



―例えば「Warden」といった楽曲では、いわゆる現代音楽に由来するミニマルミュージックの要素を強く感じました。今作を作り上げるうえでリファレンスにした音楽や作曲家、ご自身の創作の影響源としてより色濃く出たと思うジャンルがあれば教えてください。

ラスマス:僕の場合は、プロジェクトごとに特定の作曲家を参考にしたり直接的な影響を受けるとういうのではなく、自分の好きなものがあって、それが他の作曲家と共鳴して、自分のライブラリーに蓄積されていくエネルギーのようなものを与えてくれるという感じかな。ただ、このプロジェクトに関しては、スティーヴ・ライヒやフィリップ・グラスのような、ミニマリスティックで抽象的な作曲家がインスピレーションになっているかもしれないね。このアルバムではメロディよりもテクスチャーのようなものを重視しているから。それに、あまり有名ではないインディペンデントな作曲家の中にも、こうしたサウンドを追い求めている人がたくさんいて。しかもそういうサウンドをコンピュータをベースに、新しい解釈で開拓しているんだよね。例えば“Botanica”という、エレクトロニックなアンビエントっぽいサウンドを追求しているジャンルがあったりして。美しいサウンドトラックの中にも、こうした考え方を作曲に取り入れているものがたくさんあるよ。


「Botanica」楽曲をまとめたプレイリスト

Translated by Yumi Hasegawa

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