金原ひとみが語る、新作小説のインスパイア源 バクシンのライブで体験した「特別な感覚」

金原ひとみ(Photo by Mitsuru Nishimura)

小説家・金原ひとみによる書き下ろしの長編小説『ナチュラルボーンチキン』が10月1日に刊行された。本作は、これといった楽しみもなく日々を波風立てずに生きる45歳事務職・浜野が、ホスト通いにハマる彼氏持ちのパリピ編集者・平木という、同じ職場にいながら決して交わらないタイプの女性とひょんなことから交流を深め、インディーバンド「チキンシンク」のライブをきっかけに人生を取り戻していくストーリー。「この物語は、中年版『君たちはどう生きるか』です」と金原本人がコメントしているように、40代という人生の新たなステージで「生きづらさ」を感じていた主人公が、家族や友情、恋愛などではカテゴライズできない新たな関係性を模索する姿に共感し、心動かされる人は少なくないはずだ。前回のインタビューで「長女と一緒にハマってる」と話していたバックドロップシンデレラのライブからも、大きなインスピレーションを得たという金原。本作に込めた思いを語ってもらった。

【写真】金原ひとみ

─今作は、いつ頃どのような着想を得たのでしょうか?

金原:コロナ禍に、私の担当編集者と少人数で飲みに行ったのがきっかけですね。その編集者が「外で人とご飯を食べに行くのは一年ぶりくらいだ」と言っていて、私はその頃も割と飲み歩いていたので、その言葉にすごく驚いたんです。食事も、毎日家で肉と野菜を焼肉のタレで炒めて食べているって言うんですよ。

─まさにこの小説の主人公・浜野さんですね(笑)。

金原:そうなんです。しかも、それでじゅうぶん幸せそうに見えたんですよ。「久しぶりに人と会った」と言いながらも楽しそうだったのがすごく印象的で。「決まりきった生活の中でも、こんなに満たされている人がいるんだ」って気づいたことが、この作品の着想の一つですね。

それと、あるとき神楽坂を歩いていたら、スケボーに乗って電話しながら楽しそうに滑っている女の子を見かけたんです。「ゴロゴロゴロゴロ」って、大きな音を立てて通り過ぎて(笑)。私の別の担当編集者に、ちょっとはっちゃけた女性がいるんですけど、そのスケボーの子と彼女を組み合わせたら面白いキャラクターになるんじゃないかなって(笑)。

─それで生まれたのが、編集者・平木直里さんだったのですね。

金原:はい。浜野さんと平木さん、この二人を組み合わせたら、面白い化学反応が起きそうだなと思って、そこから書き始めたのがこの小説です。

─プレス資料に「この小説は、中年版『君たちはどう生きるか?』です」とありました。これは宮崎駿さんの方を指しているのでしょうか。それとも、コペル君が主人公の小説の方?

金原;小説の方ですね。ちょっと前にコミック版が出たじゃないですか。あれがすごく売れていたので、私としてはそちらの印象が強くて、そっちのイメージで言いました。中年になると、もう「どう生きるかなんて分かっているよ」っていう風に見えるかもしれませんが、実際はみんな「老い」を含め、これまでにはなかった課題が降りかかってきて。例えば介護や自分自身の老い、離婚など新しいフェーズに入ることで戸惑っている部分があると思うんです。でも、それを表には出せない雰囲気もありますよね。

─確かに。

金原:若者だった頃とは違う「生きづらさ」や「生きにくさ」に直面している中年層が多いと感じていたし、だからこそ「中年版『君たちはどう生きるか?』」という比喩がしっくりくるかなと。「これからの人生、これまでの人生も、もう一度立ち止まって考えてみよう」という気持ちも込めて、この言葉を使いました。

─ルーティンを重んじて、波風を立てぬよう生きている浜野さんは、金原さんとは全く違うタイプの人ですよね? 彼女を書いてみたいというモチベーションはどこからきたのですか?

金原:まずルーティンそのものが、とても面白いなと思ったんですよね。さっき話した私の担当編集者もそうですし、私の今のパートナーもすごくルーティンを重んじるタイプなんです。朝の歯磨きからご飯まで、時間通りに決めて毎日同じ電車に乗るっていう。

私はそんな生活をしたら絶対に発狂しちゃうんですけど(笑)、彼は逆にそうしないと発狂しちゃうタイプなんです。イレギュラーなことが苦手で、それに対処できない人もいるということを間近で実感したんですよ。その安定感を突き崩すものが現れた時の驚き、衝撃を、ルーティンな人に与えてみたいと思ったんです。

─浜野さんは、そうした安定感の中に「幸せ」を見出していて、一方の平木さんは「楽しい」を追求しながら生きている。じんわりと噛み締めるような「幸せ」と、とにかく刺激を求める「楽しい」は似て非なるものというか。その違いを考えながら読んでいたら、「楽しい」と「幸せ」っていったい何なのだろう、片方だけじゃダメなのかな?と思ってしまって(笑)。

金原:なるほど(笑)。でもやっぱり、楽しさと幸福のバランスが大切なんじゃないでしょうか。楽しいって瞬間的なことですよね。「ライブが楽しい!」とか「お酒を飲んでて楽しい」みたいな。でも、それって何かしらの安定の上に成り立つものだとも思うんです。あまりにも自分が窮地に追い込まれている状況だと、楽しさすら感じられなくなりますよね。

もちろん平木さんみたいに、どんな辛い状況でもその瞬間を全力で楽しめる人もいると思います。そういう意味では人それぞれではあるけれど、やはり多かれ少なかれ自分の中で一定のバランスを保っていないと、楽しさと幸福は両立しないと思いますね。

─軸があり、命綱もしっかり握っているからこそ、飛距離を伸ばしてはっちゃけられるというか。軸も命綱もないまま「楽しさ」へ飛び込んでいくのはなかなか勇気が要ります。

金原:そうですよね。それでも楽しめる人はいるかもしれないけれど、特に日本では少ない気がします。平木さんのような人は、かなり希少な存在じゃないかな(笑)。

─彼女はホストに通っているけれど、確かに世間一般の「ホスト狂い」とは違って悲壮感があまりないですよね。むしろハマっている自分を楽しんでいる。そのあたりは何か意識されましたか?

金原:実は、さっき話したはっちゃけた担当編集者というのがホスト狂いで(笑)、彼女がいつも「聞いてくださいよー!」って楽しそうに話してくれるんですよ。周りからは「気をつけた方がいいよ」とか「お金のことをしっかり考えてね」なんて言われているのに、本人はとても楽しそう。私なんかは「いくところまでいっちゃえ!」って思うし、そう話しているんですよね。彼女も平木さん同様、彼氏もいますし。世間では「ホスト狂い=堕ちるところまで堕ちる」みたいな負のイメージがありますけど、楽しみ方次第でいろんな風に変わるのだなと思い、今回は明るいホス狂いの様子を描いてみました。

─平木さんに誘われた浜野さんは、バンド「チキンシンク」のボーカリスト、かさましまさかさんと出会うことで人生の歯車が動き出します。ルーティンが壊れていくというか、今までとは違う変化が訪れる部分がとても面白かったです。まず、この「チキンシンク」にはモデルとなるバンドはありましたか?

金原:モデルは「バクシン(バックドロップシンデレラ)」ですね。



─前回のインタビューで、娘さんに教えてもらって一緒にハマったとおっしゃっていましたよね。

金原:はい。娘が聴いていて、確かサーキットイベントの時に初めてライブを観たんですよ。最初は「何これ、怖い!」って思いました(笑)。本当にちょっと怖かったんですよ。「こっち来ないで!」って感じで。

─はははは。小説の中にも登場するような、ウォールオブデス(ライブ中、 観客がモーセの十戒のように左右に分かれ、アーティストの合図でぶつかり合うこと)を観てですか?

金原:そう。左右に分けたり、サークルを作ったり……小説のような星形のサークルは作っていなかったけど、しかも、でんでけあゆみさん(バックドロップシンデレラのVo)がMCでは喋らないで演奏中だけ煽りまくるので、その様子も異様で。音源だけ聴いている時はそこまでハマってなかったのですが、その日のライブ以降は私も長女もエンドレスで(バクシンを)聴いている状態。それから何度かライブに足を運ぶうちに、心から楽しめるようになりました。

あの中で感じた恐怖感や、わけのわからなさに全ての思考が乗っ取られる感覚って、ライブならではだなと。これは是非とも小説の中で描きたいと思ったし、あの体験を浜野さんにしてもらいたいと思ったんですよね。

─以前のインタビューで、コロナ禍に入ってから、人とぶつかり合ったり汗だくになったりすることに対して「気持ち悪いな」と感じたとおっしゃっていました。その時と比べると、ライブに対する感覚も変わりましたか?

金原:そうですね、あんまりもみくちゃにはならないようには気をつけていますけど(笑)。この間、久しぶりにMONOEYESとTOTALFATの対バンをEBISU LIQUIDROOMに観に行ったんですよ。今や、あの規模の会場で彼らのライブを観る機会なんて滅多にないので、その時はテンション上がって突っ込んじゃいましたけど(笑)。

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