エスペランサが語る、ミルトン・ナシメントとブラジル音楽に捧げた「愛と祝福」

Photo by Lucas Nogueira

 
エスペランサ・スポルディング(Esperanza Spalding)がミルトン・ナシメントと連名でアルバムをリリースすると聞いたとき、自分としては何の驚きもなかった。遡ると2008年の『Esperanza Spalding』でミルトンの曲「Ponta De Areia」をカバーし、2010年の『Chamber Music Society』でもゲストボーカリストとして彼を迎えている。その後、エスペランサはコンセプチュアルな作品が続くようになり、カバー曲は姿を消し、ゲストの起用も減っていったわけだが、ミルトンは彼女にとってデビュー当初から一大影響源だった。

そんなミルトンは80歳を迎えた年にステージからの引退を発表し、2022年にヨーロッパ、アメリカ、そして母国ブラジルを回るラスト・ツアーを行った。そのとき、エスペランサは即座に反応し、ミルトンのアメリカでのラストツアーに同行している。

(※2022年10月の投稿:ポスト訳)親愛なる友人エスペランサと共にツアーを回っています。これ(動画でのアクション)がアメリカで私たちが放つエネルギー。 最後のセッションに参加した人は? もうすぐ最終ツアーのためブラジルに戻ります。

かくして、両者のコラボ作『Milton + esperanza』が発表された。2023年にブラジルで大部分を録音したこのアルバムでは、ミルトンの名曲を中心に、ビートルズやマイケル・ジャクソン、ウェイン・ショーターのカバーと、エスペランサのオリジナル曲が収録された。原曲とは異なるアレンジが施され、かなり攻めたアルバムとも言えるが、にもかかわらず録音を楽しんでいるようなリラックスしたムードが印象的だ。

今作のリリース後、エスペランサは大学時代のブラジル人の友達からミルトン・ナシメントとウェイン・ショーターの『Native Dancer』を教えてもらって彼のとりこになり、ミルトンはハービー・ハンコックから「あなたに会いたがっている音楽家がいるんだ」とエスペランサを紹介されたというエピソードをそれぞれ発表している。

相思相愛なふたりの偉大な作品について、エスペランサに話を聞くことができた。取材中に「I don’t Know」と繰り返していたように、このアルバムの制作は自分でもうまく言葉にできない特異な経験だったようだが、その言葉の端々からミルトンへの敬愛が伝わってくる。さらに米オレゴン州生まれの彼女が、アフロ・ブラジレイロ(アフリカ系ブラジル人)の歴史と向き合い、ブラジル先住民族のために声を上げるなど、ミルトンの母国と深くコミットしてきたことも特筆しておきたい。

※エスペランサは2024年10〜11月にビルボードライブ大阪・横浜・東京を回るジャパン・ツアーを開催。詳細は記事末尾にて




ーあなたはこれまでミルトンの曲をカバーしてきましたし、ミルトン本人をゲストにも迎えた録音もしてきました。そもそも彼のどんなところに惹かれてきたのでしょうか?

エスペランサ:どうだろう……理由なんて誰にも分からない。誰かに一目惚れした時とか、山を見て登ってみたくなる衝動とか、そういった気持ちと同じ。とてもユニークで美しくて、どこか親しみを感じる。うまく言葉で表現できないけれど、そういった感覚をたしかに受け取った。それに、すごく気になった。「彼の作品から発せられるこのパワーは一体なんなんだ?」って。彼の作品と関わっている時間は幸せで満ちてくる。美しい音楽に触れていられて、すごく満たされた気持ちになる。それは音楽に限ったことじゃなく、彼の存在自体もそうだと思う。

ー同じコンポーザー/ソングライターとして、ミルトン・ナシメントの音楽のどんな部分にすごさを感じていますか?

エスペランサ:ジョン・メデスキがこんなことを言っていた。「ビバップを演奏するのならば、僕らはみんなが納得するものをやることはすごく得意だよ」と。つまり、みんなが「最高のサウンドだ!」って思うものや、「みんなが良さを認めてるようなサウンド」をやるのは難しくないってこと。それに続けて、彼は「僕のトリオのメデスキ、マーティン・アンド・ウッドでは、すでに評価されているものじゃなくて、新しいすばらしさを見つけたいんだ」と言っていた。ミルトンはまさに新しい方法でサウンドの世界を開拓してきたアーティストだと思う。もちろん、あるジャンルの視点から見たらありふれたサウンドだと思われる部分もあったかもしれないけど、彼が新しいパレット、テクスチャー、混沌のパーフェクションといった新しいすばらしさの可能性を提示したことは誰も否定できない。彼はブラジリアンミュージックにおけるパンテオン(神々)の一人、尊いアーティストだと思う。


Photo by Pedro Napolinario 

ー今作ではミルトンの名曲やカバー曲にさまざまなアレンジが施されています。どれもミルトンが過去にやってきたことをなぞるのではなく、これまでに聴いたことがない新たなアレンジになっています。編曲について聞かせてください。

エスペランサ:まず前提として、彼の曲はすでに完璧で完成していて、私が付け加えることは何もない。少なくとも、私はそう思っているし、それでいい。「Cais」や「Outubro」「Morro Velho」を誰かが繰り返す必要はない。だってもうできあがっているんだから。唯一私に残された可能性は何かといえば、その曲たちへの愛を見せること。つまり、ミルトンや彼の曲と私のダイアローグを示すこと。それだけが私の表現になりうるから。アレンジをしていると「ワクワクする!」「美しい!」「面白い!」「イカれてる!」とか、いろんな感情が湧いてくる。それはアルバムからの問いかけに対する私の素直な返事で、私はそれを私の表現にしていった。

ー感じたものをそのまま表現していったと。

エスペランサ:制作を始める前、彼の息子がタイトルを『Milton + esperanza』にすればいいんじゃないかって提案してきた。つまり、「エスペランサがミルトンへ捧げる」っていう体じゃなくて、このアルバムは私たち二人のものだと意味を込めて。だからアレンジでは、私と曲たちの関係性を体現してる。私が何を感じるかーーそれこそが唯一の表現。それ以外、何も付け加えるつもりはなかった。



「Saudade Dos Aviões Da Panair」の原曲はミルトンの1975年作『Minas』収録

Translated by Kazumi Someya, Natsumi Ueda

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