エスペランサが語る、ミルトン・ナシメントとブラジル音楽に捧げた「愛と祝福」

 
故ウェイン・ショーターから受け取ったもの

ー新作ではミルトンの曲以外にもいくつかカバーが収録されています。まずビートルズの「A Day in the Life」について聞かせてください。

エスペランサ:それはミルトンが選んだ曲。もう一つは(マイケル・ジャクソンの)「Earth Song」。どうしてビートルズの曲を選んだか? その理由はさっき話したことと同じ。そこに何も付け加える必要がないから。つまり、このカバーは、私たちとビートルズ、「A Day in the Life」とのポートレイトってこと。

アレンジをしてスタジオに持って行ったけどうまくいかなかった曲と、アレンジせずに持って行ってスタジオで考えた曲があって、「Saci」と「A Day in the Life」は後者。私はまったくアイディアが浮かばなかった。だから、スタジオで一からミルトンたちと考えることにした。マシュー・スティーヴンス(Gt)、エリック・ドゥーブ(Dr)、ジャスティン・タイソン(Dr)、コーリー・キング(Vo, Synth)、レオ・ジェノヴェーぜ(P)、ミルトンと私でね。「さあどうしよう?」って。みんなでキーを探したり、「イントロはどうする?」とか……そういったこと全部、みんなで考えた。



ーへぇ。

エスペランサ:特に心配していたのは、”Woke up, fell out of bed Dragged a comb across my head”のパート。ただ歌ったらすごくバカっぽくなるんじゃないかと思ったから。だから、ここは私たちだからこそできるアレンジにしようって思った。それで大勢がバーに集まって歌っているみたいな感じにすることにした。そんな感じで「この曲はどうしよう」って悩みながら、私たちが持ち合わせているものを最大限に生かそうと進めていった。


NPR「Tiny Desk (Home) Concert」で共演。後述の「When You Dream」もセットリストの最後に取り上げている。フルートはシャバカ・ハッチングス

ーカバーだとウェイン・ショーターの「When You Dream」も収録されていますね。ここで彼の曲を取り上げた理由は?

エスペランサ:ウェインは私たちの……彼はすべてだから! 私たちのすべて。ミルトンのすべてだし、今でも私のすべて。このプロジェクトを決めてからレコーディングまでの間にウェインは逝ってしまった(2023年3月死去)。彼が(妻の)キャロライナに言った最後の言葉、それは「新しい身体を手に入れて戻ってくる。ミッションを続けるんだ」だった。彼の存在、彼の旅立ちはミルトンと私を変えてしまった、永遠に。そう……私たちはやらなきゃならなかった。ミルトンを知ったきっかけはウェインだったし、私たちの共通点はウェインにあった。彼からメッセージを受け取ったからには表現しなきゃいけない。




ーそうですよね。

エスペランサ:「When You Dream」のレコーディング後、LAでのミキシングで曲を聴いたとき、キャロライナに伝えなきゃって思った。「この曲を歌ってほしい!」って。連絡するとすぐに返事が来た。波、ハート、涙マークとか、絵文字だけの返事。きっと言葉にできなかったんだと思う。それに、ウェインはかつて彼女にこう言っていた。「キャロライナ、君は歌うべきだ。みんなが君の声を必要としている。君は美しい声の持ち主、歌ってくれ」って。彼女は歌うことに怯えていたにもかかわらず、ウェインと約束をしてた。だから、私の提案は彼女にとってウェインからの招待状だった。キャロライナは、私の提案を「きっとウェインのしわざだ!」って思ってると思う。

つまり、この作品はミルトン、キャロライナ、私たちみんなのウェインへの強い愛だと思ってる。そして、この愛以上に、私たちは彼からのアドバイスを実践しようとした。大胆で自由に自分を表現すること。これはウェインが生涯をかけて提唱してきたこと。私たちはこの作品でウェインに返事をした。「わかった、ウェイン。これはあなたへの作品だよ」って。もう一つ、ウェインのおかげでできたのは「Wings for the Thought Bird」。このアルバムのために私が書いた曲。

これはミルトンの息子さんが、私にアルバムプロデュースを提案してきた数カ月後に書き始めたもの。自宅で書いてた時は「何これ?! メチャクチャだしおかしすぎる、絶対に(演奏)できない!」って感じだった。そしたら、ちょうどピアノを弾いてる最中にウェインから電話がかかってきた。「調子はどう?」って。「ウェイン、どうしよう。ミルトンから頼まれて曲を書いているんだけど、やればやるほどうまくいかない。自分でも何をやってるかわからなくなってきた」って言うと、「Good! Owesome!(最高だね!)」って(笑)。

ウェイン・ショーターとエスペランサ

ーははは(笑)。


エスペランサ:そう言われちゃうと、ウェインにも敬意を示さなきゃと思って。ウェインはいつも私にそんなふうに言ってくれてた。つまり、この曲がアルバムの中でしっくりきているかどうかは私にもわからないけど、ミルトンのために、ウェインのことを思い浮かべながら作った曲ってこと。

あと、この曲には仏教のチャントを入れた。なぜなら、ミルトンがウェインに言った最後の言葉がこのチャントだったから。ミルトンがウェインに会いにLAへ行ったときのこと、たしか2022年の11月だったかな。私たちは彼の家でインタビューか何かをやっていた。そして、ウェインの家から帰ろうと車に乗り込んだミルトンは、窓をおろしてウェインにチャントを叫んで去っていった。それもあって「Wings for the Thought Bird」はチャントの曲になった。そして、このアルバムに入れなきゃと思った。もちろん、私だってこれはやりすぎだってことは承知してる。レーベルも行き過ぎだと思ってたんじゃないかな。でも……やっちゃったってこと(笑)。


ミルトンとウェイン・ショーター、1990年撮影(Photo by Jack Vartoogian/Getty Images)

ーミルトンはカトリックの教会に通っていた人で、音楽的にも教会音楽の影響を強く受けていますよね。そういう背景もあって、ミルトンの音楽にはスピリチュアルで、神聖な雰囲気があり、ときどき瞑想的に感じることもあります。僕はあなたがミルトンの音楽のそういった部分を、あなたなりに解釈したのかなと思ったんですよね。

エスペランサ:ミルトンはそう、神聖なものに心から敬意を払っている。先住民の神聖な信仰、キリスト教、カンドンブレ(アフリカンブラジリアン固有の宗教)……他にもいろいろ。ミルトンは(特定の宗教の)修行をしてはいないけど、それらを強く信じていた。それに森や水、地球のエレメントを尊重していた。同じように、私も何か始める前に必ず祈りを捧げている。地球のエレメント、魂、先祖に私を導いてくれますようにって。仏教のチャントも唱えている。

ーそういった面でもあなたと共通する部分があったと。

エスペランサ:今回のプロジェクトは、美しい船のイメージ。装飾が施された美しい大きな帆船。時代を超越した大きな帆船が宇宙へと航海していく。その帆船の後ろにはミルトンが立っていて、両腕に抱えきれないほどの、金色に眩しくてキラキラ輝く宝石みたいな、そんな彼の魔法で盛大に祝福を贈っている。美しく輝く彼の魔法に、あたり一面が包まれている……そんなイメージがはっきりと見えていて、私はそれをアルバムで具現化したかった。彼の音楽すべてにそのイメージを抱いていて、これをうまく形にできたら満足できるかもしれないって思った。彼が一人の人間として、アーティストとして、敬愛しているものを理解できているかどうか、私たちは試されているような気がする。彼はいつだって尊い何かを届けようとしていて、私たちにそのサポートが担えるかどうかってことをね。

Translated by Kazumi Someya, Natsumi Ueda

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