Saluteが語るUKガラージ、フレンチタッチ、ゲーム音楽、リナ・サワヤマと日本文化の融合

Photo by Lewis Vorn

 
日本が誇るカルチャーとして語られがちなビデオゲーム。Y2Kリバイバルの流れでもたびたび取り上げられてきたが、近年の音楽シーンに与えている影響も大きい。PlayStation 2などのゲームソフトで用いられていたBGM、特にドラムンベースやガラージがクラブシーンのトレンドと合流し、再解釈の動きが見られる。

サルート(Salute)ことフェリックス・ニャジョは、音楽の都ウィーンで生まれ育った、ナイジェリア系オーストリア人プロデューサー/DJ。1996年生まれの彼もまた、そういったカルチャーを受容して育ったのだが、そんな彼の1stアルバム『True Magic』が、老舗レーベルNinja Tuneからリリースされた。13歳で音楽制作を始めて15年、若くしてキャリアを積んだ彼の満を持した今作は、バックボーンであるゲーム音楽へのオマージュ、彼の人生を支えてきたクラブミュージックへの愛が詰まった、コンセプチュアルな力作だ。

ゲーム音楽や日本文化、クラブミュージックの中でもフレンチタッチへの愛着、今作に参加したリナ・サワヤマとなかむらみなみなどゲスト陣、拠点とするマンチェスターの音楽シーン、そして彼のクラブミュージック哲学まで。今年4月、Rainbow Disco Clubでの来日時に話を訊いた。(質問作成・文/hiwatt、取材・小熊俊哉)




ゲーム音楽や日本文化からの影響

—今回はRainbow Disco Clubでの来日ですよね。あなたがフェスを絶賛しているポストを見かけましたが、改めてどこがそんなによかったのでしょう?

サルート:全部だよ! 音楽がちゃんとトッププライオリティに考えられているフェスだって本当にわかるんだ。日本に来ていつも思うのは、日本のオーディエンスは幅広いジャンルにオープンで、心から音楽を好きなんだってこと。ダンスフロアで一緒に踊ったらひしひしと伝わってきた。Rainbow Disco Clubのファウンダーたちと話す機会があったんだけど、みんな本当に音楽が大好きで、まさに音楽が人生。ラインナップもすばらしいし、ロケーション、サウンド、照明、プロダクション、フード……どれをとっても完璧。会場に足を踏み入れただけで、これはきっとすばらしいフェスになると感じたし、実際そのとおりだった。1週間くらい滞在したかな。Xでもつぶやいたけど、仕事以外でまた絶対に参加したいと思えるフェスの一つだね。

Rainbow Disco Clubは15年も続いていながら、3000人のキャパシティを保っている。金を稼ぎたいだけなら毎年規模を大きくしていくこともできるのに、サイズを維持していてクオリティの犠牲を選択していない。それは、純粋に最高のものを作りたいという彼らの姿勢を表わしている。イギリスやヨーロッパのフェスでも、最初はみんな音楽を第一に考えているんだけど、フェスのクオリティを落として、だんたんと金儲けに走っている光景をよく目にするんだ。Rainbow Disco Clubはそうじゃない。年々よくなってるし、今年はこれまででベストだったと話していた。15年かけて作り上げられたものは、やっぱり特別だよ。

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2024年4月、Rainbow Disco ClubでのDJ

—実際に日本を訪れてみて、もしくはインターネットを通じて、日本のカルチャーから影響を受けてきた部分はありますか?

サルート:一番最初に挙げるべきはインターネットからの影響だね。日本に来たのは去年が初めてで、ビジュアルの美しさ、クリーンさにすごく感銘を受けた。ティーンの頃は、日本の80年代の広告動画をYouTubeでよく見ていたんだ。すごく刺激的だったし、ダイナミックなビジュアルが強く印象に残った。その影響もあって、僕の音楽は視覚的なセンスとも類似性があると思っているし、自分で意識していることでもある。日本に来て感じたのは、ダンスミュージックのシーンは小さいけれど、すばらしいDJがたくさんいること。日本で出会ったDJはセレクトやスタイル、どの点においてもハイクオリティだよ。それから、僕は日本のジャズフュージョンが大好きなんだ。角松敏生、カシオペアにT-SQUARE。ティーンの頃からずっと聴いていて、大事な音楽の一つ。彼らのサウンドは、僕の音楽表現に表われていると思う。

—別のインタビューで「自分のサウンドをユニークなものにしているのはシティポップ、80年代ソウル、ゴスペルといったエレクトロニックでない音楽の影響だ」と語っているのを見かけました。そのあたりを具体的に聞かせてもらえますか?

サルート:僕はクリスチャンの家庭で、ゴスペルを聴きながら育った。特に90年代のゴスペルはたくさん聴いてきたよ。80年代のシティポップやソウルもそうだけど、ゴスペルって本当にドラマティックかつソウルフルな音楽で、僕はずっと魅了されてきた。そういう育ってきた環境は、自分の音楽スタイルにも反映されていると思う。アグレッシブでハッピーな感じって言えばいいかな……サンプルで使う音楽も、80年代のソウル、日本のジャズフュージョンが多いね。僕のルーツで、親しみを感じるんだ。

—80年代のソウルで特に好きなのは誰ですか?

サルート:そうだな……一瞬チェックしていい?(スマホを見ながら)グレン・ジョーンズはお気に入り。彼は70年代後半から80年代に活躍したアーティストで、プロダクションに艶やかなシンセを使っているのがいいんだよね。アリシア・マイヤーズもすばらしい。彼女は70年代後半から80年代前半に活躍していた。ワン・ウェイ(One Way)、エンチャント(Enchantment)は、70年代ファンクの影響を受けているんだけど、シンセをたくさん使っている。僕はエアリーで艶やかな音楽が好きなんだ。




—あなたはオーストリア出身とのことですが、そちらに何歳まで住んでいたのですか?

サルート:18歳まで住んでいたから、子供時代はずっとオーストリア。それからイギリスに移った。家族はいたってスタンダード。父はタクシー運転手で、母は看護師。ごく一般的で平穏なワーキングクラスの家庭だよ。子供の頃から音楽は近くにあって、親はファンク、ソウル、レゲエ、ゴスペルをよく聴いていた。母は教会でコーラスをやっていたし、兄はキーボードを弾いていた。音楽的には豊かな家庭だったんだ。それ以外では、ハウスやテクノだね。この2つは当時オーストリアでビッグシーンだった。泳ぎに行ったら大音量でハウスやテクノが普通にかかっていて、子供ながらに耳にしてたんだ。そうそう、ドラムンベースも人気だった。

—そういった音楽の多くは、ビデオゲームを通じて出会ったそうですね。

サルート:10〜11歳の時はずっとNintendo DSやPlayStation 3で遊んでいた。ゲームのサントラからはかなり影響を受けたし、音楽だけを聴くのもすごく好きだった。とくに長沼英樹が手がけた『ソニック ラッシュ』のサントラを聴いた時は衝撃的だった。ブレイクビーツやジャングルのハードなコードがたくさん入っていて、あんなに手の込んだサントラは聴いたことがなかったよ。そのサントラをきっかけに、エレクトロニックミュージックに興味を持ち始めた。聴いていてすごく気持ちよかったんだ。10歳の僕には、どうやってこんな音楽ができるのか想像もできなくて、それが音楽づくりへの興味の発端になった。僕のサウンドはゲームのおかげだよ。



—今作っている音楽も、ゲームの影響を受けているってことですね。

サルート:僕が遊んでいたゲームからの影響が大きいかな。サウンドが過剰で、複数のことが同時に作動してる、みたいな。僕の音楽もそう。密度が高くて、とにかく詰まってる感じ。ゲームミュージックってプレイヤーを刺激するのが目的で、そこに惹かれるんだよね。僕のサウンドにも、そういった要素が含まれていると思う。

—あなたが特に好きなゲームのサウンドトラックは?

サルート:さっきも言った『ソニック ラッシュ』はずっと好きで、iPodにダウンロードしてまで聴いていたのはこれだけだったと思う。タイムレスで、今でもよく聴いているよ。スノーボードゲームの『SSX On Tour』は実際の曲がサントラになっていて、よくキュレーションされている。ボノボにクイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ……いろんなアーティストが入ってるよね。それから『FIFAストリート2』も好きだな。音楽的にはジャングルで、ペンデュラム、グライムのアーティストも参加している。当時のダンスミュージックの方向性がうまく切り取られてると思うよ。



Translated by Yumi Hasegawa, Natsumi Ueda

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