ブライアン・イーノとジャズの関係とは? 鬼才たちと実践した「非歓迎ジャズ」を再検証

ブライアン・イーノ、ホルガー・シューカイ

ブライアン・イーノ、ホルガー・シューカイ(CAN)、J・ペーター・シュヴァルムが四半世紀前に繰り広げた即興ライブが、発掘音源『Sushi. Roti. Reibekuchen』(スシ、ロティ、ライベクーヘン)としてリリースされた。当時のイーノが実践していた「非歓迎ジャズ」を今こそ再検証すべく、音楽評論家の柴崎祐二に解説してもらった。


1998年8月27日。世代の異なる三人の鬼才=ブライアン・イーノ、ホルガー・シューカイ、J.ピーター・シュワルムがドイツ・ボン市の美術展示館の屋外スペースに集い、一回限りのインプロヴィゼーション・ライブを行った。そのパフォーマンスが行われたイベント「Sushi! Roti! Reibekuchen!」は、イーノによるマルチメディア・インスタレーション「フューチャー・ライト・ラウンジ・プロポーザル」展のオープニング・パーティーとして催されたもので、タイトルの通り、来場者に振る舞われる各国の料理が主役に据えられていた。2000人に迫ろうかという来場者が料理を楽しむ中、イーノ、シューカイ、シュワルムの三人は、食事の背景音楽として計3時間に及ぶ演奏を繰り広げた。

飲食を伴うパーティーのためのBGMと聞くと、いかにも耳心地の良い柔和なサウンドを思い浮かべるかもしれない。しかし、内外に名の轟く個性派アーティストたる彼らのこと、当然ながらそのパフォーマンスは、ただ聞き流すためのものにはとどまらない、極めて創発的かつ先鋭的なものであった。いちはやくマルチメディア的な創作活動に取り組んできたイーノらしく、この日のパフォーマンスは、いまだ黎明期にあったリアルタイムストリーミング技術を駆使して、世界中に発信されていた。現在、その模様はYouTube上にアーカイブされており簡単に閲覧することが可能だが、当時の技術的限界による低解像度の映像と音声ゆえに、当日の演奏の細かなニュアンス、ダイナミズムを追体験するにはいかにも物足りないものであった。




しかし今回、シュワルム自身が保管していた高音質テープをもとに、フル・パフォーマンスから特に優れたトラックが選び出され、こうして正式リリースされる運びとなった。シューカイとシュワルムという新旧の重要なコラボレーターが集いながらも、これまでのイーノ研究の中では言及されることの少なかったパフォーマンスの記録がこうしてきちんとまとめられたのは、大変に意義深いといえるだろう。

A-1「Sushi」を聴いてまっさきに興味を引かれるのが、ブレイクビーツ〜ドラムンベースめいた細密かつ躍動的なリズムだ。これは、シュワルムが自身のプロジェクトであるスロップ・ショップ等で演奏を共にするドラマー、イェルン・アタイが実際にプレイしているもので、力強さと確かな技術を兼ね備えたドラミングに、まずは圧倒されてしまう。そこへ、イーノとシュワルムによる多彩な電子音が去来し、ラジオ音声を用いたシューカイならではの融通無碍のサンプリング/コラージュが絡み合っていく。

続くA-2「Roti」は、アタイによる変則的なリズムパターンと、同じくシュワルムとともに活動するセッション・ベーシスト、ラウル・ウォルトンの弾くクロスオーバー風のフレーズが主導するトラックだ。かねてよりマイルス・デイヴィスの電化期作品を敬愛してきたイーノだが、ここで展開されるサウンドは、実際にエレクトリック・マイルスのそれ、とくに長い沈黙を経て音楽活動へと復帰した1980年代前半の演奏を想起させる。

C-1の「Reibekuchen」も、電子音のゆらめきやエフェクト、ループ的構造自体は同時代のエレクトロニック・ミュージックの影も感じさせるが、ドラム演奏を中心にやはりジャズ〜クロスオーバー色が滲んでいる。他、「Wasser」と「Wein」の2曲も、よりドローン寄りのアブストラクトなサウンド・スケッチに傾いているにせよ、特に演奏の後半部において同様の色彩を指摘するのが可能だろう。



イーノとジャズの関係

このようなジャズ〜クロスオーバー色というのは、どこからやってきたものなのだろうか。グラム・ロックのオリジネーターの一人。あるいは、アンビエントの発案者。現代音楽の実践やアートに精通した、類まれなコンセプト・メイカー。一般に共有されているイーノのアーティスト・イメージからすると、彼の音楽にことさら強いジャズ性を見出すのは難しいかもしれない。実際、長いキャリアの間、語義通りの意味の「ジャズ」演奏は皆無といっていいはずだ。そもそも、ジャズという音楽形態の根幹に、「楽器の演奏」という行為があることからすると、「ノン・ミュージシャン」を名乗るイーノを、(狭義の)ジャズ・ミュージシャンと同一線上に考えるのは無理がある。

しかしながら同時に、そのように「ノン・ミュージシャン」を自称するゆえか、一部のジャズへ一種の反転的な関心を抱いてきたのも間違いのないところなのだ。

彼とジャズの関係を考える時、そのキャリア初期において最も強い影響を及ぼしたのが、長年にわたって友情関係を結ぶロバート・ワイアットの存在だろう。イーノとワイアットの出会いは古く、「オブリーク・ストラテジーズ」の共同開発を手掛けたことでも知られるマルチメディア・アーティスト、ピーター・シュミットの個展でのことだったという。その後1972年にワイアット擁するマッチング・モールのレコーディングで共同作業を行い、続くワイアットのソロ作や名盤『Ambient 1: Music for Airports』(1978年)など、幾度かのコラボレーションを重ねてきた。中でも特筆すべきが、ワイアットの1975年作『Ruth Is Stranger Than Richard』への参加だ。本作収録の「Team Spirit」等でイーノは、ビル・マコーミック、ローリー・アラン、ゲイリー・ウィンドらのジャズ・ロック系ミュージシャンに混じって、得意の電子ノイズを炸裂させている。



こうした活動と並行して、イーノのジャズへの関心はより一層高まっていく。中でも、エレクトリック・マイルス作品への執心ぶりには相当なものがあたったようだ。『Dark Magus』(1977年)等の摩訶不思議なサウンドに興味を抱いたイーノが、どのようにそれを実現しているのかワイアットに訪ねたところ、プロフェッショナルな編曲家をあえて避けたり、顔馴染みでないミュージシャン同士を組み合わせているのだという回答を与えられ、夜も眠れないほどの興奮に襲われたという逸話も伝えられている。更に、アンビエントシリーズ始動後の『Ambient 4: On Land』(1982年)が、マイルスの1974年作『Get Up With It』収録のダークで静謐な曲「He Loved Him Madly」に影響されたというエピソードもよく知られるところだろう。更にいえば、マイルス・デイヴィスは、ジャズの帝王と評されながら、王道に安住することを避け続け、常に先進的な演奏・作品作りを行ってきたことでも知られている。特に、そんなマイルス作品でジャズの掟破りともいうべき鮮烈なテープ編集を施してきたテオ・マセロの仕事は、イーノへ特に強い刺激を与えてきたという。




1970年代のイーノが主体的に関わった作品の中で、おそらく最もジャズに接近しているのは、ロキシー・ミュージック時代の盟友フィル・マンザネラや先出のビル・マコーミックらと組んだ801名義でのライブ作品『801 Live』だろう。プログレッシブ・ロック〜ジャズ・ロック畑の名手に混じって、相変わらず非ミュージシャン的な電子音とボーカルを聴かせるイーノだが、その内容の丁々発止ぶりは、ジャズロック〜クロスオーバー的なものへパフォーマーとしても並々ならぬ共鳴を示していたことを伝えている。

今回の『Sushi. Roti. Reibekuchen』を聴いて私が反射的に思い出したのも、この『801 Live』の存在だった。躍動と沈静、身体性と理知が同一空間の中に混じり合っていくような両者の感触に近似性を見出すのは、『Sushi. Roti. Reibekuchen』が、重度のライブ嫌いで知られるイーノが例外的に行った実況演奏であるという点からしても、それほど無理のあるアナロジーとは言えないだろう。



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