ジュリアン・ラージのジャズギタリスト講座 音楽家が歴史を学ぶべき理由とは?

 
ギターサウンドの革新とデレク・ベイリー

―ここで時期的には、冒頭で触れたジミー・ブライアントの話になるわけですよね。エレキを導入してから音量が大きくなり、音色が明るくなり、カントリーやロックにおいてはギターサウンドのあり方が一気に変わっていった。その移行期のタイミングで特筆すべきギタリストは誰だと思いますか?

ジュリアン:それこそ、ジミー・ブライアントはギターサウンドに変化をもたらした貴重な存在だよね。彼は楽器のサウンドを変えたまさに最初の人物、レオ・フェンダー(フェンダー社の創業者、テレキャスターやプレシジョンベースを開発した)とも親しくしていた。それから、アルヴィノ・レイ(ペダル・スティールのパイオニア。ギブソン初のエレキギターのピックアップは、彼がバンジョー用に発明した機器が元になっている)の名前も挙げるべきだ。彼はラジオで最初にエレキギターを演奏して、デザイナーと一緒にトーンノブを開発したんだ。つまり、それ以前のギタリストは、トーンノブなしで演奏していたわけだ。それにもちろん、レス・ポールはギターサウンドの発展を推し進めた人物として重要だよね。


ジミー・ブライアント(1925 – 1980)


アルヴィノ・レイ(1908 – 2004)


レス・ポール(1915 – 2009)

ジュリアン:ある時期を境に(楽器としての)ギターの典型ができあがると、1950〜60年代あたりからは、ギターそのものは変化せずに様々なバージョンが出てくるようになった。例えば、ジョン・アバークロンビーやパット・メセニーはシンセギターを弾いた。ラルフ・タウナーはナイロン弦ギターを弾いた。特に、インプロヴィセーションのセッティングにおいて、そういったバージョンの出現はすごく重要だったと思う。最近だとメアリー・ハルヴォーソンは、昔のギターに最新のペダルを組み合わせて演奏したりしているよね。それから、デレク・ベイリー。彼はギター界に革新をもたらした重要人物だ。そして僕らのヒーロー、ビル・フリゼール……その他にもたくさんいるけど、スタイルについて言えば、今挙げたアーティストたちが思い浮かぶよ。


ギターシンセサイザーRoland GR-300を演奏するパット・メセニー(1954 – )


ナイロン弦ギターを弾くラルフ・タウナー(1940 – )


メアリー・ハルヴォーソン(1980 – )

―この間、僕が教えている大学の講義でイギリスのジャズの歴史を取り上げたとき、デレク・ベイリーの曲をかけたところでした。

ジュリアン:彼のことを取り上げるなんて素晴らしい! ニューヨークにいる僕の生徒たちにも授業をしてほしいくらいだ。

―デレク・ベイリーのどんなところが偉大だと思いますか?

ジュリアン:彼の演奏は建築的かつストーリーテリングにも秀でている。その点において、最も洗練されたインプロヴァイザーだ。トラディショナルなサウンドで、僕たちの想像をはるかに超えた方法でエモーションを伝える。ファンシーなエフェクトは使わずに、ギターそのもので表現する。誰でもできるけど誰もやらないことを、彼は表現方法として選んだんだ。それに、彼はジョン・ゾーンのレーベル(Tzadik)からスタンダードのアルバムを2枚もリリースしているんだよね。真の天才だと思う。彼の音楽を聴くと僕はすごく落ち着くんだ。本当に大好きなアーティストだよ。


デレク・ベイリー(1930 – 2005)


―デレクに会ったことはありますか?

ジュリアン:いや、ないんだ。同じ質問をマーク・リーボウにしたことがある。彼は一度、デレクとセッションをやったらしい。マークは彼に合わせて演奏しようとした。デレクはそれが面白くなかったみたいで、結局セッションをやめて、ただ飲みに行こうとなっちゃったんだって(笑)。デレクの他にもエヴァン・パーカーなど、イギリス出身のアーティストたちはアート・アンサンブル・オブ・シカゴやブラックミュージックの動きに対してすごく意識的だった。それは文化盗用ではなくて、最大限のリスペクトと共に自分たちの音楽を追求していたってこと。彼らは特別な存在であり、真のコンセプチュアルアーティストたちだよ。

―ちょうどデレク・ベイリーの名前が挙がったので質問です。あらゆるジャンルやスタイル、ギターそのものの歴史にも精通しているあなたが、フリージャズやフリーインプロヴィセーションをする時、どんなことを考えながら演奏しているんですか?

ジュリアン:そうだな……オーケストレーションとサウンド。ジョン・ゾーンやマーク・リーボウと演奏することが多くなったからか、そのことについて最近はよく考えている。僕が気づいたことは、それはスタイルの問題ではなく、彼らはすごくこう……音楽を演奏する「空間」を意識している。もし、音の響きが強く残る空間だとしたらスペースをとるといったように、すべてはバイブレーションとの関係性なんだ。フリージャズやフリーインプロは今その瞬間の出来事だから、自分が作り上げてきたボキャブラリーを持ち込んで、うまくいくかどうか披露することよりも、その空間に共鳴する演奏をすることが何より大事だと思う。もし、この部屋でインプロヴィセーションをするとしたら、野外での演奏とは全然違うものになるといったふうにね。

ファンの1人として、僕がデレク・ベイリーの音楽から感じるのは、ジャンル関係なく何を感じさせてくれるか、ということ。即興音楽は、スケールやハーモニーがどうこうといったことよりも、解放と自由、心から湧き上がってくるセンシュアリティ、これがすべてだと思う。ジャンルレスでありながら、サウンドはすごく重要だ。

―先ほどあなたが、デレク・ベイリーの演奏を「建築的」と評したことにも通じる話ですね。

ジュリアン:うん。クリシェのように聞こえるだろうけど、何を演奏するかじゃなくて、演奏する「時」が重要なんだ。それに、演奏にかける時間。デレク・ベイリーは、僕よりずっと長い時間をかける。その理由は、長く演奏することによってのみ到達できる緊張感を生むからなんだ。その緊張感が、バランスを見つける機会をもたらしてくれる。彼の音楽は、常にインタラクティブで構造的だ。

―今の話を聞きながら、大学の授業でデレク・ベイリーやエヴァン・パーカーを大音量でかけた時に僕が感じたのは、フリーインプロにおけるバイブレーションだったのかしれないって気づきました。

ジュリアン:ああ、エヴァン・パーカーもサーキュラーブリージングの演奏で空間を自由自在に使ってるよね。あの美しさは信じられない。

―そういったフリーインプロをするのは自分にとって難しいですか? それとも楽しいですか?

ジュリアン:楽しいよ! ただ同時に、演奏者に多くの試練を与える。いかに誠実であるか、偽りがなく正直に向き合っているかどうかが問われるんだ。フリーインプロは恐怖、自由、喜び、挑戦……どの方向にも転びうる。幸運なことに、僕はホルヘやネルス(・クライン)、フリゼールといった素晴らしいインプロバイザーと演奏する機会があって、彼らから多くを学んできた。即興には、ある種のコツみたいなものがあるんだ。

以前フリゼールとポール・ブレイ(フリー・ジャズ・ムーブメントに貢献したピアニスト)について話したとき……そういえば、あの2人が共演したことがあるのは知ってた? 僕は知らなかったんだけど、レコードも2枚リリースしているんだ。フリゼールは、ポールのことを「今までの中で一番自然にセッションできる相手」だと言ったんだ。ピアノとギターは抵抗し合う関係性だから、彼がそう答えたことにすごく驚いたよ。ポールは強いヴォイスの持ち主だし、うまくいかないことを想像する方が簡単なのに、本物のインプロヴァイザーとセッションすると、そういうことは問題にならないみたいなんだ。僕もそんなふうになりたいものだ。


ポール・ブレイとビル・フリゼールが共演したときの音源

―フリーインプロといえば、日本にも高柳昌行というレジェンドがいます。

ジュリアン:もちろん知ってるよ! 日本には、いろんなフォーマットの即興音楽カルチャーが存在しているよね。日本人だったら僕はジョン・ゾーンのつながりで、イクエ・モリと何度も演奏しているよ。彼女は偉大なインプロバイザーの一人だ。ジョンの周囲にいるアーティストたちはみんな素晴らしいんだよ。


ジョン・ゾーン率いるマサダ・クァルテットで演奏するジュリアン・ラージ、ベースはホルヘ・ローダー

Translated by Kyoko Maruyama, Natsumi Ueda

 
 
 
 

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