ダニー・ブラウンが語るヒップホップへのラブレター、酒や薬物を断ちハッピーエンドを掴むまで

 
ヒップホップへのラブレター

―デトロイトからテキサス州オースティンに引っ越したのは、どういったきっかけがあったのでしょうか。

DB:恋人がオースティンに住んでいたんだ。しょっちゅう彼女を訪ねていたし、ポッドキャストもそこでやっていた。だから、いつも会える時間について話をしていたんだけど、ポッドキャストがスタジオをそこに移すことになったから、(オースティンに引っ越す選択は)考えるまでもなかった。それにデトロイトから離れるためにも都合が良かった。クリーンになるために、より良い環境で多くの時間を過ごしたかったんだ。もしデトロイトを離れなかったら、飲酒もドラッグも止められなかったと思う。

―遠距離恋愛だったのですね。オースティンに住む前はどれくらい交際していたのですか?

DB:結構長いよ。2年くらい。オースティンでは、より健康的なライフスタイルを過ごせてる。外に出ていけるし、ありのままの自分でいられる。デトロイト以外には住んだことがなかったから。デトロイトは自分が生まれ育った町だ。でも、そこにずっといるのはちょっと憂鬱だったかもしれない。ビタミンDも足りてなかったし。

―ちなみに、カッサ・オーバーオールとの「Jenn’s Terrific Vacation」では変わり果てた街を描写するリリックが綴られています。これはデトロイトの話なのでしょうか?

DB:そうだよ。



―都市と言うのは常に変化していくものだと思います。デトロイトでいうと、あなたはどんなところが変わったと感じているのでしょうか?

DB:デトロイトは観光地になりつつある。かつては人々が休暇で訪れるような場所ではなかったんだ。それがこの曲のアイデアに火をつけた。当時、俺はダウンタウンに住んでいたんだけど、一歩外に出ればあちこちから人が集まってきて、ただたむろしたり、売買に来るような場所だった。歩いてたら強盗にあったとか、何か悪いことが起こる場所だった。

―危険な街ですね。

DB:つまり、大きく変わったということなんだけど、まあ一歩か二歩下がるような感じかな。COVIDやその他諸々のせいで、多くの店が閉鎖されるのを目の当たりにしてきた。

―アルケミストやSKYWLKR、ケーリン・エリスといったプロデューサー陣とは、制作にあたってどのようなディスカッションをしましたか?

DB:SKYWLKRは、俺の友達で、彼はデトロイトに住んでいるんだ。いつも一緒に仕事をしていた。このアルバムを作るのは『XXX』(2012年)のパート2のような感じだったから、同じプロデューサーを迎えたかったというのもある。当然のことだよ。ただ一緒にいるだけさ。彼はいつも俺と一緒にスタジオにいるから、彼と仕事をするのは簡単だったよ。



DB:ケーリン・エリスに関しては、俺は彼がTwitter(X)にいつもビートを投稿しているのを見ていて、いつも彼の作品はヤバいと思っていたんだ。それで連絡を取ったら、彼がビートを2、3個送ってくれて、それを使って曲を作ったんだ。これって今日のソーシャルメディアの良いところだと思う。こうやって尊敬する才能ある人たちとコラボレーションできるんだから。

アルケミストは俺のお気に入りのプロデューサーの一人だ。彼と一緒に仕事をすると、いつも「達成の瞬間」が味わえる。ただ、彼はとても忙しいんだよ。(仕事を一緒にするというより)俺と話してくれるだけで、それでもう十分なんだ(笑)。さっきも言ったようにアルバムを制作してたのは、ちょうどCOVIDのロックダウン中だったから、誰も何もしてなかった。彼とはたくさん話したし、ビートをいくつか送ってくれたんだ。

―ロックダウン中だったから、アルケミストとも会わないまま作業したのですね。

DB:SKYWLKR以外は顔を合わせて仕事をすることはできなかった。デトロイトには誰も来ないし、俺もどこかに行くことはなかった。俺はスタジオにいるのがあまり好きじゃない。自宅で仕事をする方が好きだ。自由でクリエイティブになれるからね。外に出て、誰かと一緒にスタジオで仕事をするのは、時間的な制約もあるしプレッシャーもある。何かをしなければならないというプレッシャーがあると、その瞬間には思いつかないかもしれない。でも、自宅だとただ座って考えることはできるし、次の日の朝には何か思いつくかもしれない。だから、そういう時間を作りたいんだ。

―「Tantor」のMVではSF的な世界観のもと、あなたはバイオニックなコスチュームに身を包んでいます。なぜこのような世界観が生まれたのか、監督とどのようなやりとりがあったのか教えてください。

DB:俺のMVはどれも俺のアイデアではない。その分野のトップにいるクリエイティブな人たちと一緒に仕事をするのが好きだし、自分の仕事はあくまでも音楽だから、そこまで自分を広げたくないんだ。だから、こちらから大まかな解釈のようなものを送って、その中から気に入ったものを選んでもらうだけ。MVに関しては俺の貢献はないといえるね。

(楽曲の)プロデュースについてもそう。俺は自分でビートを作ることはできるけど、自分のビートでラップはしない。だから自分よりいいビートを作ることができる人たちにいつも声をかけている。良い結果を生み出すために、常にトップにいたいんだ。だから、与えられるすべてのことに関して、俺は謙虚でいることができるんだ。



―「Tantor」で「None of these rappers ain't eating like me」で歌っている通り、今作では金を稼ぐということについて何度か言及されています。10年以上活動されているあなたから見て、ラップシーンで金を稼ぐということの難易度は変化してきていると思いますか?

DB:うーん、難しいとはいわないな。ただ、物事にはハイとローがあることを理解しなきゃいけない。だから、金をうまく管理する方法を理解するんだ。最初にお金を稼ぎ始めたときは「おおっ、金だ!」って感じだった。このまま終わりなく入ってくるように感じた。だから無くなるまで使い込んでしまう。でも今はお金だけでなく、それが何であっても管理することを意識するようになった。

―「Bass Jam」ではリラックスしたようなラップを聴かせ、幼い頃の思い出に浸っています。メアリー・J・ブライジのエピソードも出てきますが、当時を振り返ると、家では他にどのような音楽が流れていましたか?

DB:ハウスミュージックが多いね。俺の父はハウスDJだったから、エレクトロニック・ミュージックを聴きながら育った。もちろんデトロイト出身だから、ソウル・ミュージックもよく聴いていたし、モータウンやパーラメントの曲もそう。でも、ハウスやエレクトロニック・ミュージック、ゲットー・テックなどがメインだったと言える。

―今挙げてくださった音楽は、現在の創作活動にどのような影響を与えていますか?

DB:BPMがとても速い音楽を聴いて育ったことが、俺に何かを与えてくれたっていうのは確実に言える。俺のテンポは他のラッパーよりもずいぶん速い。インストゥルメンタルのヘヴィな音楽をたくさん聴いてきたから、そこから学んだんだと思う。おそらく俺が最もラッパーらしくいられるのは、いつもそういう音楽に合わせてラップしているからなんだよ。


Photo by Peter Beste

―今作は『XXX』の続編とおっしゃっていましたが、『XXX』をリリースした頃の30歳のあなたが今作を聴いたら、どのような感想を抱くと思いますか?

DB:『XXX』をリリースした頃、俺はとにかく最高のラッパーになりたかった。ラップ・ミュージックのことばかり気にしてて、 自分が何を世の中に出しているかとか、そういうことは気にしていなかった。ショック・バリューとしては、このアルバムではより成熟したアプローチを取っている。というのも、いくつかの物事に関しては、ノーとは言うのをやめたんだ。来るもの拒まずって感じかな。もっとポジティブなものや、自分にとってリアルに感じられるものを世に送り出したい。今の俺はそういう段階にいる。自分が出したものは何でも自分に返ってくる。だから、もっとポジティブなものを世に送り出したいんだ。ある意味、人々が俺の経験から学ぶことを助けるような音楽を送り出したい。

―10年前のあなたは、今いるあなたを誇りに思っているでしょうね。

DB:うん、間違いなくそうだと思う。でも、過去を変えたいとは思わない。あの頃の経験がなかったら、今の俺はなかっただろうし......。これは俺自身の物語なんだ。

―今作はあなたにとって、どういう意味をもつアルバムになりましたか?

DB:ヒップホップへのラブレターみたいなものかな。きっと(リスナーの)みんなもそう感じていると思う。俺の個人的なヒップホップとの関係を示しているんだ。その浮き沈みをね。

―このアルバムを通して伝えたかったことは?

DB:どんなにダークなときでも、トンネルの先にはいつも光がある。ラストの曲「Bass Jam」はそういうことを歌っているんだ。子供のころに聴いた曲の数々を聴いていると、そもそもなぜ音楽をやっているのかが分かってくるんだ。どんなことがあっても音楽を聴けば気分が晴れるんだよ。だから音楽で対処しているようなものなんだ。そして今、自分がなぜこの仕事をしているのかがわかった。それは人々の気分を良くするためなんだよ。

―すべては理由があってのことなのかもしれませんね。多くのことを経験して切り抜けたあなただからこそ作れた作品。そしてその作品であなたは人々を助けようとしている。

DB:そう、この物語の最後はハッピーエンドなんだ。このアルバムで、俺が今どのような状況にいるか分かるだろう。俺は人々を変えるインスピレーションを与えることができる。 実際、「あなたが断酒して以来、自分自身についてもっと考えるようになったし、自分でも断酒しようと思うようになった」というメッセージを多く受け取るようになった。 もしあのときと同じように生きていたら、ただのオオカミ少年になりかねないところだった。「彼にできるんだったら、自分にもできる」って思ってもらうのが大切なんだ。

―あなたはアディクト(依存・中毒症患者)の人々を助けるプロジェクトなどもしていますよね。

DB:うん。「メッセージを送ってくれたらいつでも話し相手になるよ」っていつも言ってるんだ。リハビリ施設で学んだのは、他の人を助けることで自分自身を保つことができるということ。自分自身の期待を裏切ることはあっても、ファンの期待は裏切りたくない。失望させたくないからね。だから、そうして自分を保っているんだ。真っすぐに、前向きに。

―ここまで自らをさらけ出した後、次作以降はどのようなダニー・ブラウンが顔を覗かせるのか、すでに何かヒントは見えていますか?

DB:人を悲しませるような音楽はあまり作りたくない。今はただ、自分の音楽でみんなをハッピーにしたいんだ。だから、自分の違う側面を見せたいと思っている。ラップに関しては、決して自分を制限しない。何でもラップにできると思うし。俺はまだ、自分自身を楽しませ続けたいし、自分を追い込みたいんだ。だから、まだやったことのないことをやるのみだし、人々を驚かせるようなこともやり続けたい。みんなが予想して期待していることだけをやり続けるようにだけはなりたくないんだ。





ダニー・ブラウン
『Quaranta』
国内盤:2024年1月26日リリース
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13755

Translated by Asami Kondo

 
 
 
 

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