2023年ベスト・ムービー トップ20

4位『哀れなるものたち
(2024年1月26日より公開)

ATSUSHI NISHIJIMA/SEARCHLIGHT PICTURES

メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』をより面白おかしくし、辛辣でフェミニストにした『哀れなるものたち』。ヨルゴス・ランティモス監督版『フランケンシュタイン』ともいうべき本作の主人公は、エマ・ストーン扮するベラ・バクスターという若い女性。ベラは、顔に傷のある天才外科医(ウィレム・デフォー)によって死から蘇る。赤ん坊の脳を移植されたベラは、話すことからエチケットにいたるまで、すべてを学び直さなければならない。その過程でセックスの悦びを知ったベラを待つのは、厳格な教育とエンパワーメントのコンセプトである。脚本家のトニー・マクナマラ、ランティモス監督、ストーンという『女王陛下のお気に入り』(2018年)のトリオが再集結したことにより、女性が抑圧されていた時代が舞台の歴史コメディが完成した。確かに当時の女性は、結婚後は家庭に閉じ込められ、母親になることを強要され、所有物のように扱われていたかもしれないが、だからといって肉体的な快楽を感じなかったわけではない。男性にとっては、それが狂気の元となるのだ。ストーンのみごとな演技力によって、私たちはベラという堕天使が立ち上がって翼を広げ、科学を武器に自らの生き方を貫こうとする姿を堪能できる。観た後は、心が豊かになるような作品である。



3位『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン

MELINDA SUE GORDON/APPLE TV+

確かに、“傑作”という言葉は濫用されすぎてきたかもしれない。だが、現役で活躍している最高のアメリカ人監督との呼び声が高いマーティン・スコセッシ監督が放つ、権力と汚職、そしてアメリカの暗い過去を描いた壮大なドラマ(上映は約3時間半)を、その深みやスケール感を失わずに親密な物語に変えた本作を傑作と呼ばずして、いったいなにを傑作と呼べばいいのだ? デヴィッド・グランのベストセラーノンフィクション『花殺し月の殺人——インディアン連続怪死事件とFBIの誕生』の単なる映画化というよりは、原作におくられた拍手喝采と呼ぶにふさわしいこの歴史ドラマがフォーカスするのは、白人のアーネスト・バークハート(レオナルド・ディカプリオ)と先住民族・オセージ族のモリー・カイル(リリー・グラッドストーンの名演が光る)という夫婦の愛の物語である。舞台は、1920年代前半のアメリカ・オクラホマ州。オセージ族は、石油の発掘によって一夜にして莫大な富を得ていた。相次ぐ“謎の病”と殺人によって母親や姉妹を失ったモリーは、夫と地元の有力者である叔父(ロバート・デ・ニーロ)が一族の財産と土地の所有権、そして自分の命を狙っていると怯える。本作は、スコセッシ監督が手がけたなかでももっとも西部劇らしい作品であり、ジャズ・エイジの近代的精神とオセージ族の伝統文化——さらには、20世紀の白人至上主義の脅威——との衝突を際立たせたことで、何十年にもわたる映画界の神話を補正した。あらゆる点において圧倒的な作品である。



2位『The Zone of Interest(原題)』
(日本公開未定)

CINETEC

ジョナサン・グレイザー監督がマーティン・エイミスの2014年の同名小説を映画化した『The Zone of Interest』は、塀の外から舞い込んだ地獄絵図ともいうべき映画である。ナチス親衛隊の将校(クリスティアン・フリーデル)とその家族は、アウシュヴィッツ強制収容所を取り囲む住宅街で暮らしている。一家がプールパーティーを開いたり、友人たちを招いてアフタヌーンティーを楽しんだりするなか、遠くの収容所の煙突からは黒い煙がくすぶる。グレイザー監督は、私たちがよく知るホロコースト映像を一切使用せず、きわめて形式主義的なスタイルに徹した。そうすることで、おぞましい悪行が平然と行われる、身の毛がよだつようなプロセスをみごとに浮き彫りにしたのである。実際、本作を観ていると、犬の吠え声や銃声、さらには家の外の苦しみの音が気にならなくなってくる。まさに、組織の命令に盲従した人々によって行われる“凡庸な悪”を描いた作品である。将校の妻を演じたサンドラ・フラーの名演は、彼女が世界的に活躍するもっとも勇敢な俳優のひとりであることを確信させてくれる。

1位『パスト ライブス/再会
(2024年4月5日より公開)

TWENTY YEARS RIGHTS/A24

ソウルに暮らす少女ナヨンと少年ヘソン。幼馴染のふたりは、互いに恋心を抱いていた。だが、ナヨンの家族がカナダに移住し、ふたりは離れ離れになってしまう。それから数年後、ナヨン(グレタ・リー)とヘソン(ユ・テオ)は、オンラインで再会を果たす。ナヨンは“ノラ”という名前でニューヨークに暮らすいっぽう、ヘソンはいまも韓国で暮らしている。やがてオンラインでのやり取りも途絶え、ふたりはそれぞれの人生を歩む。ノラは作家のアーサー(ジョン・マガロ)と結婚する。そのことを知りながらも、ヘソンはニューヨークにいるノラのもとを訪れる。ノラはヘソンのためにツアーガイドを買って出る。観光を楽しみながら、失われた歳月を埋めるかのように気持ちを通わせるふたり。変わらない想いを胸に、ふたりはどのような道を選ぶのだろうか?



本作の脚本と監督を手がけたのは、韓国系カナダ人劇作家のセリーヌ・ソン。本物感あふれるニュアンスと、痛いほどリアルで、まるで昔から知っているような親近感を抱かせるキャラクターづくりが特徴の彼女は、あえて語らないという手法の魔術師のようだ。実際、ノラ、ヘソン、アーサーの3人は、言いかけた言葉やちょっとした沈黙、眼差しを通して自分の気持ちを表現している。ひとつひとつのためらいや沈黙には、各々の想いが込められているのだ。長編デビュー作である本作(監督自らの体験に材を取っている)において監督は、過剰にならずに観る人の涙腺を緩ませる、キャラクター主導の親密なロマンチックドラマづくりの手腕を証明した。また、グレタ・リーが役者としてのポテンシャルをフルに発揮する機会にいままでずっと恵まれてこなかったことにも気づかされる。それほどまでに、ノラという女性の複雑な心の内をみごとに演じ切っているのだ。だがそれ以上に、一見、報われぬ恋がテーマのシンプルな物語であるように思える本作は、奥行きや感情、ひいては映画よりもはるかにスケールの大きなエモーションを感じさせる。筆者は本作を1月に観たのだが、そのときすでに2023年のベスト・ムービーであるという確信を抱いた。それからしばらく経ったいまも、そう確信している。本作のレビューの全文はこちら。

Translated by Yuko Natori

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