2023年ベスト・ムービー トップ20

15位『Skinamarink(原題)』
(日本公開未定)


2023年のシンデレラ・ストーリーにもっともふさわしい異色作。カナダ出身のカイル・エドワード・ボール監督が放つ幽霊物語は、発掘された恐怖映像特有のざらついた感覚と、実験的映画ならではの言い回しを融合し、みごとな効果を生み出している。『パラノーマル・アクティビティ』(2007年)とアメリカ実験映画の母と称されるマヤ・デレン好きにはたまらない、希少なホラー作品である。真夜中に目を覚ました4歳の男の子(ルーカス・ポール)は、どうやら自分がひとりであることに気づく。父親と母親、そして姉(ダリ・ローズ・テルーオ)が順番に姿を消し、外の世界につながる窓やドアもひとつひとつ消えていく。天井に張り付いた人形や椅子を写した奇怪な映像は、なにか恐ろしいものが近づいてくることを予感させる。だが、その前に見知らぬ声が、「ナイフを取れ」と男の子にささやく。見捨てられ不安に長年悩まされている人は、醒めながら見るこの悪夢に飛び込む前に、スマホ画面にかかりつけのセラピストの電話番号を表示させておくことをおすすめする。形のない恐怖と幼少期の不安との間を自由自在に行き来する監督の手腕のおかげで、私たちはトラウマに関する実体験がなくても、それがどのようなものであるかを体験できる。身を委ねて、どこまでも不安を味わってほしい。

14位『ボーはおそれている
(2024年2月16日より日本公開)

TAKASHI SEIDA/A24

主人公は、ボー(ホアキン・フェニックス)という、病的なくらい怖がりの男。母親が他界したことを知ったボーは、ヒエロニムス・ボスの絵画から飛び出したかのようなダウンタウンから、海辺の実家を目指す。こうしたフロイト風の里帰りは、まずは考えるよりも行動するに限る。『ヘレディタリー/継承』(2018年)と『ミッドサマー』(2019年)を手がけたアリ・アスター監督の最新作は、魂がテーマの壮大なダークコメディである。同時に、母親の死という誰もが避けられない悲劇を、悲しみに沈む郊外居住者やPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむ兵士、旅芸人の一座、そして怪物のような存在感を放つ母親を通じて、おとぎ話へと昇華させた。バロック風のタッチと先見性あふれる華やかな描写に満ちた本作は、マザコン男を描いた『市民ケーン』(1941年)と呼ぶにふさわしい。独自ジャンルの悪夢とは、まさのこのことである。



13位『ソウルに帰る

SONY PICTURE CLASSICS

アイデンティティ・クライシスを描いた、ダヴィ・シュー監督の『ソウルに帰る』。演技未経験のビジュアルアーティストのパク・ジミンが主役に大抜擢されたことは正直意外だったが、それ以上にその素晴らしい演技に驚かされた。自身の原点を探し求める若い女性を描いた本作には、さまざまな感情が織り込まれているのだが、この新人女優はこうした感情をほぼすべて活写した。パクが演じたのは、韓国で生まれフランスの養父母のもとで育ったフレデリック(フレディ)というZ世代の女性。ふとしたきっかけで韓国に帰国することになった彼女は、実の両親を捜しはじめる。パクは、昼は実の両親との絆を見出そうとする女性を、夜はティーンエイジャーと社会人のはざまを象徴するような、自由奔放な快楽主義者を演じながら、まるでジェットコースターのようにさまざまな感情を行き来する。見終わった後は、酔っ払って頭がクラクラするような珠玉の作品である。



12位『異人たち
(2024年4月19日より公開)

PARISA TAGHIZADEH/SEARCHLIGHT PICTURES

舞台は現代のロンドン。ある日、脚本家のアダム(アンドリュー・スコット)は、同じタワーマンションに住むハンサムな青年(イケメン俳優のポール・メスカル)と出会う。ふたりは瞬く間に恋に落ちるが、子供の頃から心を閉ざし続けてきたアダムは、青年との未来に漠然とした不安を抱いている。数日後、アダムはロンドンを離れ、幼少期を過ごした家を再訪する。そこにはなんと、30年前に他界したはずの父(ジェイミー・ベル)と母(クレア・フォイ)が当時のままの姿で暮らしていて、アダムを温かく迎え入れるのだった。40歳になった自分と両親が同い年のように見えることには、なにかワケがあるのだろう。アンドリュー・ヘイが脚本と監督を務めた本作は、記憶と家族、そして“やり残したこと”への比類なきオマージュであると同時に、「もし……だったら?」という筋書きを、愛することに臆病な男に向けられた静かな眼差しに変えた。本作を観れば、以前のような気持ちでは二度と帰省できないという。確かにその通りかもしれないが、この感動作は、私たちが良くも悪くも過去の記憶から逃れられないことを改めて教えてくれる。山田太一の小説『異人たちとの夏』の再映画化。



11位『American Fiction(原題)』
(日本公開未定)


CLAIRE FOLGER/ORION PICTURES RELEASE

大学教授で小説家のセロニアス・“モンク”・エリソン(ジェフリー・ライト)は、自分の小説が世間から見向きもされないことに苛立ちを感じていた。そんなある日、やけくそになったモンクは、ペンネームを使って超典型的な黒人小説を書くのだが、それが爆売れしてしまい……。エミー賞受賞歴を誇る脚本家コード・ジェファーソンの監督デビュー作となった本作を従来の風刺劇——例えば『Bamboozled』(訳注:アメリカの人種問題とエンタメ界を批判したスパイク・リー監督の映画)やポール・ビーティーの『The Sellout』(訳注:アメリカの人種差別問題を扱った小説)——になぞらえたとしても、本作が辛辣で死ぬほど笑えることに変わりはない。さらにジェファーソン監督は、広義のコメディという枠組みのなかで細やかな人間観察と心温まるファミリードラマを展開しながら、出版界を痛烈に批判し、きょうだいのダイナミクスを痛いほど的確にあぶり出した。それだけでなく、ジェフリー・ライトという当たり役にも恵まれた。ライトは、俳優人生最高の演技を披露することで、監督の期待にみごとに応えたのであった。

10位『バービー

WARNER BROS

60年以上前に生まれたファッションドールを売り続けながら、「こんなにたくさんの“お荷物”がついてくるおもちゃを、どうしていまだに買い続けるのだろう?」(ここでの“お荷物”は、多様性の欠如という比喩的な意味である。文字通りバービー用のキャリーケースが欲しい人は、お金を出して買えばいい)と消費者に自問させることは、簡単なことではない。グレタ・ガーウィグ監督は、バービーの実写映画がどこまでもピンクに染まることを覚悟していた。それだけでなく、ガーウィグ監督と共に脚本を手がけたノア・バームバックやプロデューサー兼主演のマーゴット・ロビー、さらにはタイムレスなケンを演じたライアン・ゴズリングといった関係者の名前を聞いて、きっとあなたはこの映画がバービーの長編プロモーション映像になることを予想したに違いない。それにもかかわらず本作は、自由な遊び心と、現実世界は必ずしもバラ色ではないという感覚のフィルターを通じて、壮大な自己実現の物語——イプセンの『人形の家』の領域に常に入り込むファッションドールの物語として、オーディエンスの意表を突いた。ガーウィグ監督と仲間たちは、バービーが背負い込んでいる“お荷物”から目を逸らすのではなく、それをひとつひとつ紐解きながら、本作をめくるめくメガヒット作に昇華させた。観終わった後も陶酔感が続く、21世紀最大のディスラプティブな大作映画をぜひご覧あれ。


Translated by Yuko Natori

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