2023年ベスト・ムービー トップ20

9位『オール・ダート・ロード・テイスト・オブ・ソルト』
(2023年12月22日より4週間限定公開)

JACLYN MARTINEZ/SUNDANCE INSTITUTE

詩人および写真家として活躍するレイヴン・ジャクソン監督による長編デビュー作『オール・ダート・ロード・テイスト・オブ・ソルト』のような作品に出会うたび、世界にはこうした作品がもっとあればいいのにと願わずにいられなくなる。車に轢かれながら、誰かにぎゅっと抱きしめられるような衝撃と心地よさ——本作は、観る人をそんな気分にさせると同時に、新しい才能の出現を告げている。1970年代前半のアメリカ・ミシシッピ州のとある町で暮らす黒人女性(カイリー・ニコール・ジョンソンが幼少期を、チャーリーン・マクルーアが20代の時期をそれぞれ演じた)の生涯を形式にとらわれずに活写するいっぽう、ジャクソン監督の視点を裏打ちする力強い女性たちを称えるこの成長物語は、はじまった瞬間から単なる映画ではないことを予感させる。それは人生と風景が絡み合うポートレイトが織りなす没入型体験であり、そこでは創り手の“声”が文字から音声へ、そして映像へと変換されながらも、その力を保ち続ける。

8位『The Delinquents(原題)』
(日本公開未定)


“完全犯罪”を描いた『犯罪者たち』。銀行員の男(ダニエル・エリアス)はある日、勤め先である銀行の金を奪い、同僚(エステバン・ビリャルディ)に託そうとする。男の計画は、自首して短い刑期をこなし、預けていた金を受け取ってハッピーな引退生活を送ること。だって、あと25年も同じ給料でつまらない仕事を続けるより、こっちのほうがずっといいに決まっているじゃないか。同僚はしぶしぶ同意し、男が奪った金を田舎に隠すのだが……。本作が初の長編作品となるアルゼンチン出身の映画監督・脚本家のロドリゴ・モレノの手にかかった結果、ありきたりな強盗映画よりもオーディエンスを考えさせる、はるかに哲学的で遊び心あふれる作品が誕生した。私たちは、働くために生きているのか? それとも、生きるために働くのか? あなたにとっての自由の価値とは? 1970年代に活躍したパッポズ・ブルースという南米のロックバンドの楽曲を起用したサントラのレコードはどこで手に入る? 実にいろんなことを考えさえてくれる作品である。

7位『落下の解剖学
(2024年2月23日より公開)


フランス出身のジュスティーヌ・トリエ監督によるサスペンス『落下の解剖学』。ドイツ人の女性作家(絶好調のサンドラ・フラー。後述の主演作『The Zone of Interest(原題)』も必見)の一家が暮らすフレンチアルプスの人里離れた山小屋で、女性の夫(サミュエル・タイス)が謎の転落死を遂げる。第一容疑者は、作家である妻。転落は事故か? あるいは殺人か? 裁判が進むにつれて、夫婦の不和が徐々に明るみになる。筆者の同僚は、本作を「スリラー版『マリッジ・ストーリー』(2019年)」と評したのだが、夫婦の言い争いが録音された音声が絶叫と罵り合いに変わる瞬間は、まさにその通りである。50セントの「P.I.M.P」のパッシブ・アグレッシブな使い方には、ボーナスポイントをおくりたい。



6位『コット、はじまりの夏
(2024年1月26日より公開)

BREAK OUT PICTURES

内気で寡黙な9歳の少女(キャサリン・クリンチ)は、夏休みを過ごすために農場を営む年配の親戚夫婦(キャリー・クロウリーとアンドリュー・ベネット)のもとに送られる。大家族のなかで孤独に暮らす少女は、徐々にこの新しい保護者たちに心を開いていくのだが、夫婦のほうも暗い過去を抱えている。そんな3人は、言葉を超えたコミュニケーションを通じて、絆を深めていく。アイルランド出身のコルム・バイレッド監督が愛しむことの大切さを綴ったこの感動作は、昨年のアイルランドの賞レースを席巻した。さらに本作は、クリンチのようにオープンで表現力豊かな役者がいれば、セリフがなくても無数の表情を伝えられることを改めて教えてくれる。これほど優美に観る人の胸を打つ作品には、そうそうお目にかかれない。



5位『ショーイング・アップ』
(2023年12月22日より4週間限定公開)

ALLYSON RIGGS/A24

ケリー・ライカート監督最新作『ショーイング・アップ』は、芸術作品(アートワーク)に取り組むことが一種の労働(ワーク)であることを教えてくれる映画である。コラボレーター兼ミューズとしてライカート監督と長年タッグを組んできたミシェル・ウィリアムズが演じるのは、アメリカ・オレゴン州のポートランドを拠点とする彫刻家の女性。自身の個展に向けて、必死に作品を仕上げようとしている。怪我をしたハトから無責任な大家(ホン・チャウが安定の名演を披露)にいたるまで、ありとあらゆるものが彼女の邪魔をしようとしているように思えるなか、個展の日が迫る……。ライカート監督の傑作(『オールド・ジョイ』[2006年]『ウェンディ&ルーシー』[2008年]『ファースト・カウ』[2019年])のほとんどがそうであるように、人間観察でもある本作は、不安定な生活を送るエキセントリックな人々に対する私たちの見方を改めさせてくれる。同時に、日々の面倒が重なることで人をじりじりと精神崩壊へと追い込むことを描いた、ドライなコメディでもある。だがそれ以上に、創造性を発揮するための血がにじむような努力の証、ひいては本作ほど深くて複雑な作品をいともたやすく自然に作り上げてしまう、ラインカート監督やウィリアムズのような真の芸術家たちの宣誓証言でもある。本作のレビューの全文はこちら。

Translated by Yuko Natori

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