2023年ベスト・ムービー トップ20

ILLUSTRATION BY MATTHEW COOLEY. DALE ROBINETTE/WARNER BROS.; JON PECK/A24; MELINDA SUE GORDON/UNIVERSAL PICTURES; MELINDA SUE GORDON/APPLE TV+; ORION PICTURES INC.

歴史的悲劇を描いた超大作やちょっぴりエッチな学園コメディ、さらには『オッペンハイマー』や『バービー』など——これらの作品は、映画がさまざまな困難を乗り越え、かつてないほど良くなったことを私たちに教えてくれた。ローリングストーン誌が選ぶ今年の20作品はこれだ!

2023年のはじまりに次のようなことを予言されたとしても、きっとあなたは信じなかっただろう。『オッペンハイマー』と『バービー』という対照的な映画が夏に同日公開され、ポップカルチャーが社会に大きな影響を与えること。カナダ人監督による低予算ホラーと「現役で活躍している最高の映画監督25人」に選出されたスコセッシ監督の超大作(制作費は2億ドル)が、映画づくりの妙の両極を示し出すこと。マーベル・スタジオが自らの“エンドゲーム”にぶち当たり、そのシネマティック・ユニバースの栄光に影が差しはじめること。全米脚本家組合(WGA)と全米映画俳優組合(SAG)が同時ストライキを起こし、ハリウッド全体に大打撃を与えること。テイラー・スウィフトの最新ライブを映画化した『テイラー・スウィフト:THE ERAS TOUR』が映画界を救うこと(ちなみにスウィフトは、映画界だけでなく、音楽界、NLF、西洋文明も救うことになる)。こんなことを言われても、占い師の水晶玉の調子がおかしいんじゃないか? とあなたは首をかしげたに違いない。

どこまでも予測不能な長い1年が終わろうとするいま、私たちは2023年という年が「なんでもありの世の中に、確かなものなんて存在しない」という真言に集約されていることを実感している。動画配信サービスが映画配給のランドスケープを変え続けたり(こうしたサービスだって、決して盤石ではないのだが)、予期せぬところから救いがもたらされたりなど、唯一言えることは、常にどこかでディスラプションが起きていたことだ。なかには、「バーベンハイマー? 本気で両方観るつもり?」から「マジでバーベンハイマー!」と心変わりした人もいるかもしれない。いずれにしても、働いた人にしかるべき賃金が支払われること、人間の代わりに生成AI(人工知能)に脚本を書かせることがいかにまずいかを、映画界がしぶしぶながら認めたことには希望が持てる。空白の長い“サマー・オブ・23”とやや遅れてやってくるアワード・シーズンは、映画界の真の進歩へとつながるはずだ。従来通りのビジネスを続けることは、もはや不可能なのだ。

革新や過渡期という感覚が強いなかでも、今年は数多くの素晴らしい作品が誕生した。大手映画スタジオも意欲的なインディペンデント系も、批評と興行成績の両方の点でホームランを打った。サンダンスやカンヌ、ベネチアといった映画祭では、オーディエンスの心を明るくし、人を信じる気持ちを呼び覚ましてくれるような作品がいつも以上に多く上映された。ハリウッド黄金時代を想起させるような作品もあれば、スマホと役者、そしてビジョンさえあれば映画は撮れることを改めて教えてくれるような作品もあった。ローリングストーン誌が2023年の年間ベスト・ムービーに選出した20作は、ジャンル、スケール、上映時間、テーマのすべてにおいて多種多様である。唯一の共通点は、映画を観る私たちと創り手とのあいだに絆のようなものが生まれる、ゾクゾクするような瞬間が感じられること。そういう意味でも、創り手からオーディエンスへ、オーディエンスから創り手へというサイクルは健在なのだ。

(編注:ここで取り上げる作品はすべて、映画祭の先行上映ではなく、アメリカの劇場公開日に基づいている。『コット、はじまりの夏』や『ソウルに帰る』が選出されているのに、『PERFECT DAYS』や『ポトフ 美食家と料理人』といった秀作が選ばれていない理由——2作とも2024年のベスト・ムービーに選出される可能性は高い——はここにある。また、ここで取り上げきれなかった以下の作品にも拍手をおくりたい。『ジョン・バティステ:アメリカン・シンフォニー』『アース・ママ』『Infinity Pool(原題)』『May December(原題)』『Menus-Plaisirs — Les Troisgros(原題)』『リアリティ/REALITY』『ヨーロッパ新世紀』『Smoking Causes Coughing(原題)』『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』『A Thousand and One(原題)』)

20位『オッペンハイマー』
(2024年日本公開決定、公開日は未定)

UNIVERSAL PICTURES

「原爆の父」と呼ばれた物理学者の生涯を描いた、クリストファー・ノーラン監督の壮大な伝記映画『オッペンハイマー』。主演を務めたキリアン・マーフィーの迫真の演技、恐ろしい沈黙と耳をつんざくような爆音の両方に重きを置いた緻密なサウンドデザイン、そして脇を固めるSAGの俳優陣がみごとな効果を発揮した(結果的に映画史上もっとも意外な2本立て上映となったことも、本作の評価に傷をつけることはなかった)。これらの要素が完璧に機能しているのは、ひとえにノーラン監督という巨匠の映画づくりに対する厳格なアプローチのおかげである。タイムリミットが迫るなか、バラバラになったパズルのピースがひとつになっていくにつれて、『インセプション』(2010年)で世間を驚かせた監督は、オッペンハイマーという20世紀最大の謎めいた人物の胸の内に迫ろうとする。本作は、ロシア革命に立ち会ったジャーナリスト、ジョン・リードの伝記映画『レッズ』(1982年)やアポロ計画以前のアメリカの宇宙開発を描いた『ライトスタッフ』(1983年)といった激動の時代を描いた作品を想起させる。大人による大人のための映画であるにもかかわらず、昨今の子供やティーンエイジャー向けの映画に見られるような熱狂と威厳によって仕上げられている点も特筆に値する。




19位『君たちはどう生きるか』

TIFF

スタジオジブリ最新作にして、宮崎駿監督の引退作と言われた長編アニメ作品『君たちはどう生きるか』。本作には、超自然的なイメージと可愛かったり不気味だったりする生き物たち、興奮、悲しみ、空白、沈黙、そして作品の根底に流れる感情の波といったものが織り込まれている。とりわけ、無限の共感と深い悲しみ、そして英知の色彩が強い作品である。太平洋戦争中に火事で入院中の母親を亡くした主人公の少年・眞人(声優:山時聡真)は、父親と東京を離れ、地方に疎開する。新しい環境を受け入れられずにいた眞人はある日、不思議なアオサギと出会う。どうやらこのアオサギは、重要な秘密を抱えているようだ。それは、眞人が自身のトラウマと向き合うための秘密の世界へのカギなのかもしれない。眞人に向けられた「悪意のない、美しさに満ちた世界を創造しなさい」という言葉は、本作を総括する深いステイトメントであるだけでなく、宮崎監督のいままでのキャリアを象徴している。仮に本作が最後だとしたら、アニメーション界の巨匠は有終の美を飾ったことになる。

18位『ボトムス 最底で最強?な私たち
(Prime Videoにて独占配信中)

PATTI PERRET/ORION PICTURES RELEASE

PJ(レイチェル・セノット)とジョシー(『一流シェフのファミリーレストラン』のアヨ・エビデリ)は、スクールカーストの最下級に属する、イケてない女子高生。親友であるふたりはある日、卒業前に憧れのチアリーダーたちの心を射止めるためにファイトクラブを結成する。果たして、学校イチの人気者に君臨するのは誰か? 『Shiva Baby(原題)』(2021年)で親戚の葬儀に参列した主人公が神経をすり減らしていく様子を描いたカナダ出身のエマ・セリグマン監督による本作は、あふれんばかりのリビドーと血だらけの拳、そしてハチャメチャなエネルギーに突き動かされた、ワイルドでアナーキーな学園コメディである。次世代コメディデュオが活躍する、Z世代向けの青春クライムコメディ『ヘザース/ベロニカの熱い日』(1988年)ともいえる。本作のレビューの全文はこちら。

17位『You Hurt My Feelings(原題)』
(日本公開未定)

JEONG PARK/A24

『You Hurt My Feelings(原題)』は、スコセッシ監督とロバート・デ・ニーロのコラボレーションに匹敵する——劇中の死者数は少ないが——ほろ苦いコメディである。ニューヨークのアッパーウエストサイドで暮らす小説家の妻(ジュリア・ルイス=ドレイファス)とセラピストの夫(トビアス・メンジーズ)を描いた本作を手がけたのは、『おとなの恋には嘘がある』(2013年)でタッグを組んだドレイファスとニコール・ホロフセナー監督。人気作家の妻はある日、「妻が執筆中の作品にまったく関心がない」と夫が友人に明かしているところを目撃してしまう。作家としての活動を支え、応援してくれていた夫は、実はずっと嘘をついていたのだ。それを知った妻は、夫への不信感を募らせる。ドレイファスにとっては、そのみごとな演技力を発揮するのにうってつけの筋立てであるのに対し、ホロセフナー監督にとっては、善良な人をウィットに富んでいながらも急所を狙う嫌な奴に変える絶好のチャンスとなった。このふたりには、もっとたくさんの映画をつくってほしい。

16位『Passages(原題)』
(日本公開未定)

MUBI

アイラ・サックス監督がもつれた三角関係をみごとに描き切った『パッセージ』。この三角関係の“ブラックホール”のような存在を演じたドイツ生まれの俳優、フランツ・ロゴフスキに拍手をおくりたい。ロゴフスキ扮するトマという横暴な映画監督は、同性のパートナーがいるにもかかわらず、クランクアップの打ち上げで出会ったアガット(『アデル、ブルーは熱い色』のアデル・エグザルホプロス)という若い女性と関係を持つ。パートナーのマックス(ベン・ウィショー)が嫌がるなか、やがてふたりは同棲をはじめるのだが……。サックス監督といえば、壊れゆく人間関係やリアルで過激なセックス(あるいはその両方)を描くインディペンデント系のベテラン監督として有名である。実際、本作はこうしたシーンに事欠かない。だがそれ以上に、芸術家としての生き方と、芸術家であるがゆえに世界は自分を中心に回っている——それが正しいかどうかはさておき——と思ってしまう人の性(さが)を表現した。

Translated by Yuko Natori

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