ビリー・ジョエル来日記念 「永遠のロック少年」によるライブの魅力を徹底解剖

 
入門編に最適! 来日記念ライブ盤も登場

さらに今回、来日記念盤として日本で12月20日にリリースされるアルバム『ビリー・ザ・ベスト:ライブ!』は、 2枚組全32曲の大ボリューム。1970年代~2000年代の4つのディケイドにまたがる内容だが、これがありがちなライブ音源選りすぐりベスト盤と大きく異なるのは選曲を見れば明らかだ。ベースになっているのは2019年に配信のみでリリースされたアルバム『Live Through The Years』だが、ここにレア音源を一挙追加収録。世界初CD化13曲、日本初CD化6曲を含む内容へと拡大された。

そうしたマニアックなこだわりを抜きにしても、ライブ前の予習に“使える”ベスト盤としての機能性はバッチリ。「ピアノ・マン」「素顔のままで」「ストレンジャー」「マイ・ライフ」「オネスティ」「アップタウン・ガール」といった超有名曲のライブ・バージョンをまるっと聴くことができてしまう。“入門編”として本作を手に取った人は、これらのキラーチューンを入口にして、その他の多彩な楽曲の魅力にズブズブとはまっていくはず。そう考えると実に巧妙な構成の、アリ地獄のようなアルバムなのだ。



まずディスクの初っぱなに置かれた「キャプテン・ジャック」が見逃せない。これはビリーにとって初めてのヒット曲となった「ピアノ・マン」を発表する前年、セールス不振に終わった1stアルバム『コールド・スプリング・ハーバー』(1971年)のツアーで訪れたフィラデルフィアのシグマ・スタジオで1972年4月15日に録音されたライブ。実はこの音源がフィラデルフィアのFMラジオ局で予想外の反響を呼んでローカル・ヒットとなり、それがきっかけでコロムビア・レコードと新たに契約を結ぶことになるのだ。この歴史的な音源が公式にリリースされたのは『ピアノ・マン レガシー・エディション』(2011年)が最初だが、すでに廃盤で入手困難なため、今回初めて耳にするファンも少なくないだろう。

ビリーにお行儀のいいピアノ弾きというイメージを持っている人は、「キャプテン・ジャック」の歌詞を読んで卒倒するかもしれない。のちに『ピアノ・マン』(1973年)に収められた際も、この曲のダークさが異彩を放っていた。21歳になっても親にベッドを整えてもらっている主人公の冴えない暮らしぶりを、ドラッグや自慰行為まで含めて描写した生々しい歌詞は、同じくニューヨーカーのルー・リードや、ビリーと交流があったエリオット・マーフィーとも通じるもの。この曲で印象的なギターソロを聞かせるアル・ハーツバーグは、その後ニューヨーク・パンクの名盤として知られる『Live At CBGB's』(1976年)にマンスターの一員として参加していたりもする。そういうニューヨーク地下人脈とも接する地点にビリーがいたという事実は、意外と知られていない。



ビリーの作品はきっちり収集しようと思うとなかなかファン泣かせで、プロモーション用に配布されたLP『Souvenir』に入っている1976年12月のライブ音源4曲(「さすらいのビリー・ザ・キッド」「夏、ハイランドフォールズにて」「ニューヨークの想い」「スーベニア」)や、アナログ盤ボックスセットの中の1枚として2021年に発売された『Live at the Great American Music Hall - 1975』はCD化されていなかった。本作では驚くべきことに前者の4曲が全て聴けてしまうし、後者からは「エンターテイナー」が選ばれている。

また、「プレリュード/怒れる若者」「シーズ・ガット・ア・ウェイ」は77年6月に収録されたカーネギー・ホールでのライブで、いずれも2008年リリースの『ストレンジャー(30周年記念盤)』に含まれていたライブ盤『Live At Carnegie Hall 1977』に選ばれなかったアウトテイク。ピアニストとして超絶技巧を見せつける「プレリュード/怒れる若者」は、ベン・フォールズなどオルタナ世代のシンガー・ソングライターたちにも多大な影響を与えたことが頷ける、ビリーのアグレッシブな面が存分に味わえる。



ディスク1でもうひとつうれしいのは、12インチ・シングルのカップリングとして発表された「ユー・ガット・ミー・ハミン」が拾われていること。原曲はサム&デイヴだが、この曲は何を隠そう、ビリーがソロ・デビュー以前に在籍していたバンド、ハッスルズのレパートリーなのだ。1967年にシングルとして発表、1stアルバム『The Hassles』(1968年)にも収められたお気に入り曲で、こうしたルーツへの回帰も積極的にやってみせるところはR&Bにどっぷり浸かって育ったビリーらしい。

1982年12月29日に地元のロングアイランドで行なった凱旋ライブは『Live From Long Island』として映像化され、ファンの間でよく知られているが、ここから選ばれた「アレンタウン」と「プレッシャー」、「ストレンジャー」もCDになるのは今回が初。キャリアの中で最も異色の、社会的テーマを正面から扱った『ナイロン・カーテン』(1982年)をリリース後の熱気に満ちたパフォーマンスが貴重だ。このシリアス路線が先にあったので、次の『イノセント・マン』でポップス黄金時代のオマージュを爆発させることになるとは、当時はまったく夢にも思わなかった。


 
 
 
 

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