yeuleが語るアウトサイダーとしての闘い、Tohjiや沢尻エリカ、日本カルチャーへの深い愛

Photo by Neil Krug

 
シンガポール出身で現在はロサンゼルスを拠点に活動しているナット・チミエルによるプロジェクト、ユール(yeule)の3rdアルバム『softscars』が先日リリースされた。

6歳の時にピアノ教室でクラシック音楽を学び始めたユールは、独学でギターやドラムの演奏を始め、やがて好きだったゲームの世界や楽曲の魅力にのめり込んでいくように。そこから「yeule」と名乗るようになり、2014年にセルフタイトルEPでデビューして以来、幻想的でドリーミーなポップサウンドや、ロンドンでファッションを学び身につけた独特のアート感覚が熱烈な支持を集め、音楽シーンにおける異質な存在としてカルトな人気を獲得している。

ノンバイナリーであるユールが抱える葛藤・苦悩や、オンライン上の人間関係に依存していた経験、その後現実社会と向き合うことで発見した新たな自分など、様々な感情を投影したリアルな歌詞の内容も、大きな魅力の一つと言えるだろう。バーチャルとリアル双方で発生する様々なエラーやバグを、ノイズやファンタジックな音色を使い表現した2022年リリースの前作『Glitch Princess』は、独自の世界観と新感覚のエレクトロポップサウンドが高く評価され、大きな飛躍を遂げた会心作となった。

そこからNinja Tuneと契約し、約1年という短い期間で早くも届けられた最新アルバム『softscars』は、自分に生々しく傷跡として残る過去のトラウマや記憶をテーマに、幼少期によく聴いていたというマイ・ブラッディ・バレンタインやスロウダイヴなどに影響を受けたギターサウンドへの愛がサウンド面でのキーとなっており、アコースティックな質感も交えた歪みの効いたシューゲイズサウンドと、近未来感漂うサイバーなエレクトロサウンドが同居した響きは、どこか懐かしく得も言われぬカタルシスを生み出している。様々なメディアから前作以上に高く評価されるなど、2023年のベストアルバムの一つと言える圧巻の内容となった。

先日行ったインタビューでは、今作のタイトルに込めた思い、共同制作者のキン・レオンやムラ・マサとの曲作りの裏側、さらには日本のカルチャーへの深い愛や造詣、豊富すぎる知識など、ユールというアーティストを作り上げた様々な要素が窺い知れる非常に興味深い話を聞くことができた。



闘いの傷跡とギターサウンド

—今作のタイトル『softscars』は、直訳すると「柔らかい傷跡」という意味ですが、ここに込められた想いを教えてください。

ユール:このアルバムの曲を書いていた時、『Scar and Truth(傷跡と真実)』という詩を書き溜めていたの。自分に残る“傷跡”について書かれたものなんだけど。自分の人生において、トラウマになっている出来事や人生を変えるような出来事を『Scar and Truth』として書き残していて、その詩から歌詞を抽出していった。それぞれの曲が違った“傷跡”について描かれている。“傷”というものにすごくこだわりがあって、それを曲や歌詞として表現することは、時にはヒーリングの手段であったり、メタファーであったり、色々な形を取っているんだけど。特に、癒えたばかりの傷はまだ柔らかくて、傷跡は赤く生々しくて、それが時間の経過とともに古傷となっていくでしょ。だから、このアルバムを『softscars』と呼ぶことが自分にとって理にかなっていると思ったんだよね。このアルバムの曲はどれも、自分が闘いの中で負った生傷をテーマにしているから。

—自分自身が受けた傷を楽曲として表現することは、一種の治癒過程のようなものなのでしょうか?

ユール:確かに立ち直るための過程ではあるけど、傷が完全に癒えたとは思わないな。セラピーの手段として有効だとは思うけどね。音楽の持つ力はとてもパワフルで、聴き手に強力なメッセージを伝えることができるから。もしくは、とあるひとつのストーリーとして語ることのできる手段でもあると思うけど。特にクィアやノンバイナリーの人たちは、様々な問題と闘っているから。嫌悪に対する恐怖だったり、摂食障害だったり。そうした問題について、シンガポールの社会は……日本もきっと同じだと思うけど、アジアの国々は沈黙を守っているよね。社会全体として、そうした問題を議論する土壌がないというか。我々は社会の一員として機能しなければならない、少しでもそこから逸脱していたら病院に通って投薬治療を受けて“ノーマル”にならなければいけない、という強迫観念に晒されている。若い時は自分も薬漬けだったもの。社会の一員として機能しなければというプレッシャーに晒されてきたからね。でもメサドンは万能薬じゃないって気づいたし、これでも日々成長してるの!(笑)

—コンピューターのエラーメッセージをテーマにした、近未来的でどこか現実味のないファンタジックな世界観だった前作『Glitch Princess』と比べ、今作は過去の体験や思い出を回想した人間味のある生々しい質感に変化している印象を受けました。前作からの作風やテーマの変化はどういった思いから生まれたものだったのでしょうか?

ユール:最初の2枚のアルバムは、曲作りからボーカルからプロデュースまで、すべて自分ひとりで手掛けたところが今回のアルバムとの大きな違いだけど、当時はロクな機材を持っていなかったから、自分でレコーディングしたギターの音色に満足がいってなくて。Scarlettで録音したクソみたいなギターサウンドが全然好きじゃなかったんだよね(笑)。いつも移動している生活だったから、最小限の機材しか持ち歩けなかったし。家にあったシンセサイザーも売っちゃった。小さなノートパソコンさえあれば、音楽は作れるしね。自分の音楽はすべて15インチのMacBookで作ったもので、すべての作業をデジタルでやってきたの。

『Glitch Princess』も共同プロデューサーのダニー・L・ハール(チャーリーXCXやキャロライン・ポラチェックなどを過去に手がける)からインスピレーションを得ている作品でもあるけど、基本はすべて一人でデジタルで作ったと言っても過言ではないかな。それに対して、『softscars』は自分自身を重ね合わせることができると感じた音楽に、非常に大きな影響を受けて生まれた作品なの。すなわち、90年代から2000年代のギターミュージック。それこそたくさん聴いてきたし、パンデミックの間はずっとギターばかり弾いていた。以前にもギターはプレイしてたんだけど、しばらく弾かなくなって、また始めたという感じ。子どもの頃にいちばん最初に手にした楽器のひとつでもあるし。

それで、プロデューサーのキン・レオン……シンガポール出身のアンビエント・ミュージシャンだけど、キンの趣味もかなり自分と近くて、一緒にたくさん当時の音楽を聴きまくってたの。スマッシング・パンプキンズとかピクシーズとか、そういうメインストリームのものが中心だったけど。皮肉にもSum 41もよく聴いてた(笑)。レディオヘッドも聴いたけど、『OK Computer』だけね。『The Bends』もたくさん聴いたかな。そこにあるギターサウンドを、エレクトロニックなプロダクションを媒介して取り入れたのがこのアルバム。単に自分の音楽にギターサウンドを取り入れたら初期のニューエイジ・エレクトロニカという感じでまとまってしまうから、サイバーなひねりを加えてみたの。

—たしかに、エレクトロなアプローチが多かったこれまでの楽曲と比べて、今作は90年代のシューゲイザーや2000年代のオルタナティブロックを思わせるギターの音色がとても印象的に使われています。今のお話が、今作のキーとしてギターをチョイスした理由ということでしょうか。

ユール:うん。ヘッドフォンの中でギターが爆音で鳴り響くようなサウンドが作りたかったのかも。



ユール(ナット・チミエル)がお気に入り曲をまとめたプレイリスト、きのこ帝国の楽曲もセレクトされている

Translated by Tomomi Hasegawa

 
 
 
 

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