キャロライン・ポラチェックが語る未来的表現の秘密、PC Musicの影響とディーヴァ論

キャロライン・ポラチェック(Photo by Masato Yokoyama)

フジロック2日目のWHITE STAGEに登場し、オペラチックな歌唱と前衛的なダンスでもってアートポップの最先端を見せつけたキャロライン・ポラチェック(Caroline Polachek)。彼女にとってフジロック出演は悲願だったらしく、ステージ上で感極まる場面も。さらに、以下のインタビューで「もし実現したらサプライズね!」と話していたワイズ・ブラッドとの共演も実現。2人の歌姫による神秘的なデュエットは、今年屈指のハイライトとなった。

NYブルックリンのシンセポップ・バンド、チェアリフトの看板ボーカリストとして2000年代後半に台頭した彼女は、いくつかの別名義を経て、2019年の『Pang』でソロアーティストとして覚醒。今年リリースされた最新アルバム『Desire, I Want to Turn Into You』は問答無用の最高傑作となり、ここに来て全盛期を迎えている。実は日本との縁も深い彼女。フジロック出演前のタイミングで、ワイズ・ブラッドのナタリーが言うところの「新しいチャプター」を迎えるまでの話や、「サイバーファンタジー・ユニバースのような世界観」について聞かせてもらった。

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─6歳まで東京に住んでいたことがあるそうですね。その頃の話を聞かせてください。

キャロライン:子供の頃の記憶で一番鮮明に覚えているのは地震の避難訓練、水族館に行ったことや夏にかき氷を食べたこと。あとはアニメ『魔法の天使クリィミーマミ』が大好きだったことね(笑)。

─日本のカルチャーで何か興味のあるものは?

キャロライン:多くのサブカルチャーが共存していることに驚いたわ。決してモノカルチャーではない、多様な文化を持っているんだって。たとえば、原宿を歩いているといろんな表現に触れることができるし、良い意味で表現に優劣がないんだなと感じる。インターナショナルな側面ももちろんあって、他文化の再解釈をとても美しくやっていると思う。

ポップカルチャーについて言えば、2000年〜2006年あたりの日本のエレクトリックミュージックにとても影響を受けたの。私はその頃ニューヨークにいて、グリッチミュージックのようなビジュアルや音楽から多くを学んだ。実は、私が所属していたバンド、チェアリフトの初期の音楽性にも大きな影響を与えていた。チャーミングで感傷的な部分とハイテクは共存することができるんだって、私たちにヒントをくれたわ。

─チェアリフトの初来日公演が行われたのは2012年、会場は渋谷・UNDER DEER Lounge。素晴らしいステージだったと記憶しています。実は、あのとき撮った写真があるんですよ(キャロラインに見せる)。

キャロライン:わぁ!(笑)


Photo by Toshiya Oguma

─もう10年以上経ちますが、当時のライブについて何か覚えていることはありますか。

キャロライン:ずっと日本で演奏することを夢みてたから、私にとって大切なライブだった。日本語の曲をリリースして、みんなが気に入ってくれたことがきっかけで来日公演が決まったの。ただ、来日公演となるとチケットの値段が高くなって、ライブに来れる客層に制限があったことがずっと心残りだった。だから、今回のフジロックはあのときとはまったく別物になると思ってる。とても楽しみ!

─今のお話にもありましたが、「I Belong in Your Arms」の日本語バージョンが作られた背景がずっと気になっていたんです。ぜひとも教えてもらえますか。

キャロライン:当時、いろんな言語のバージョンを作っていたんだけど、「I Belong in Your Arms」という曲には陶酔感というか、どこか日本的なものを感じていた。だから、ただのリミックスを作るんじゃなくて、ちょっと違うことをしてみたの。日本人の友達に歌詞の翻訳を手伝ってもらったんだけど、この翻訳作業がとても面白かった。というのも、韻の構成を保ちつつ、音声的な歌いやすさも気を配る必要があるでしょ? もちろん、意味も正しくなきゃならない。翻訳作業は楽しい反面、正確性を保つのがとても難しいことなんだってわかった。それから、うまく翻訳できないパートがあったんだけど、J-POPって日本語と英語の歌詞が混じっているでしょ? そのことを知っていたから“I Belong in Your Arms”(というサビのフレーズ)は英語として残すことにした。そのおかげで、曲のスタイルをうまく保てたと思う。



─あの曲のオリジナル版が収録された、チェアリフトの2012年作『Something』にはダン・キャリーが参加していました。彼は現在、ブラック・ミディやウェット・レッグを手がけるなどUKシーン随一のプロデューサーとして活躍しているわけですが、当時の共同制作について覚えていることは?

キャロライン:彼とは今でもとても仲良しなの。彼はテクスチャーに関して飛び抜けたセンスを持っていて、テクニカル面での正確性といったことには興味がない。彼のスタジオは、まるで天才博士の実験室のようで、天井まで届くくらいの高さにまで機器が乱雑に積み上げられている。そして、彼は新しいことに何のためらいもなくトライする。だから、試してはまた別の機器で試して……その繰り返しでサウンドのテクスチャーをずっと模索していた。当時の私たちは、MIDIを一切使っていなかった。アルバムのシンセパートもすべて実際に演奏していたの。だから延々とテイクを重ね続けたのをよく覚えてる。早いアルペジオ・シーケンスを何度もね。彼はそれに耐えられなくなって「キャロライン、完璧じゃなくていいんだ。ほら、次に進もう」って言われたのを覚えてるわ(笑)。今はもちろんMIDIを使ってるけど、彼と当時制作できたことを光栄に思っているし、私にとっても忘れられない思い出なの。



─昔の話から入りましたが、あなたはアーティストとして間違いなく「今」がベストだと思います。インディロックのバンドを離れてからアバンギャルドなポップスターとして花開くというのは、非常にレアなキャリアですよね。ソロ転向するにあたり、どういった音楽的ビジョンを描き、どのような存在になることを目指してきたのでしょうか?

キャロライン:ソングライティングにおいて、コンテンポラリーサウンドの可能性をもっと追求できるんじゃないかと思っていたし、ずっと興味のあったビジュアル面における想像の世界のアイディアについても、もっと深く踏み込めると思ったの。それらのアイディアを今日のシチュエーションにうまく結びつけられるかどうか、それを確かめることは大きなチャレンジだった。ただ、私は30代半ばにさしかかっていたし、世の中が受け入れてくれるなんて想定できなかったから、新しいプロジェクトを始めることに前向きになれなかったの。でも結果的には、良い方向に向かうことができたみたい。


Photo by Masato Yokoyama

─ソロ活動するにあたって、何か学びなおしたことはありますか。

キャロライン:ええ、まずはステージデザインについて。今まで学ぶ機会がなかったけど、私にとってはずっと重要な要素だった。だから、1920年代から映画の背景画を手塗りで制作しているカリフォルニアの制作会社と仕事をすることから始めたの。アニメーターのエリック・エプスタインと制作をして、私たちはペインティングの上にプロジェクションマッピングを投影し、曲ごとにペインティングが変化するショーを作ったの。平面と立体の認識を覆すような、視覚的に面白い表現ができるようになったと思う。これには錯覚的な側面があって、プロジェクションマッピングのテクニック、影絵、バックイルミネーションを用いたペインティングの歴史についても勉強した。異なるテクニックを平面に載せることで生まれてきたものが、そのプロジェクトにとって大きな意味をなすものだった。ペインティングを通して生まれたものが、写真やビデオ、ステージへと広がっていったの。

─視覚的なことでいうと、ファッションについてもバンドの頃とは大きく変わったような気がします。

キャロライン:そうね。ファッションをとても楽しんでるし、バンドの頃よりも意識的になっている。世界中の若いデザイナーたちと交流する機会があって、まだ世に出回っていない作品を送ってもらったり、私もカラーやテクスチャーのアイディアを共有したりしている。その関係はずっと望んでいたことでもあって、私にとって刺激的な時間になっているわ。

あとは、アルバムごとにスタイルを確立することも楽しんでいる。たとえば『Pang』の頃はプレイド(訳註:碁盤状でチェックは線で構成される格子柄のこと)やキルト、コルセットがメインイメージだったけれど、今回のアルバムはまったく違うスタイルをとっていて、ショーツにオーバーサイズのブーツの組み合わせ、文字を書いたクロップドトップを着ている。私は、何度も同じ服を着ることでスタイル化されることに対しての反応に興味を持っている。アーティストは毎回新しい服で登場することが一般的でしょ? だから反復によって生まれるものに興味があるの。

─あなたが目指すものと近いものを感じる、同時代のアーティストを挙げるとしたら?

キャロライン:真っ先に思い浮かぶのはロザリア。彼女はライブショーに対して野心的に取り組んでいるし、人々の期待を超えるようなパフォーマンスをしている。彼女は素晴らしいと思う。

─最新アルバムにはフラメンコを取り入れた曲がありましたが、そこにもロザリアの影響があったのでしょうか?

キャロライン:ああ、「Sunset」にはスパニッシュギターのソロが入っているものね。あの曲は実を言うと、エンニオ・モリコーネの影響が大きいの。残念なことに、彼は私がこの曲を作る数カ月前に亡くなってしまったんだけど。私は、映画音楽が持つ「揺るぎなさ」、芸術においてのみ存在する「人為的なもの」についてずっと考えていた。ギタースタイルについても同じことがいえると思っていて、フラメンコ音楽や南ヨーロッパを中心としたジプシー音楽、ユダヤ音楽からは伝統的なギターの曲が持つ、シンプルでありながら時代を超えた揺るぎなさ、美しさを感じる。


Translated by Yuriko Banno, Natsumi Ueda

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