ギャビ・アルトマン、パリの新鋭が語る「静かで多彩な歌世界」を生んだ音楽への好奇心

ギャビ・アルトマン(Photo by Yann Orhan)

 
ギャビ・アルトマン(Gabi Hartmann)の名前はじわじわと広まったのを覚えている。2022年にセルフタイトルのデビューアルバムがリリースされたとき、その印象的なポートレイトのアートワークを様々な場所でふいに見かけたことが何度もあったからだ。特に派手なプロモーションを行っていたわけではないが、国内の音楽好きにもいつの間にか聴かれていた印象がある。

フランス人のシンガーソングライターであるギャビ・アルトマンは、2018年からノラ・ジョーンズ「Don't Know Why」の作曲者として知られるジェシー・ハリスと音楽を作ってきた。二人でお互いに曲や詞を書き、パリやNYでレコーディングも行い、2021年に最初のEP『Always Seem to Get Things Wrong』をひっそりと発表している。このEPはヴァイナルでもリリースされていて、レコードショップでは素晴らしい新人だと話題になっていた。

その後に発表されたデビューアルバム『Gabi Hartmann』は、ジェシー・ハリスが引き続きプロデュースしているだけでなく、ゲストにアメリカのジャズシーン屈指のギタリスト、ジュリアン・ラージが参加しているなどのトピックもあったが、それよりも音楽性の確かさで徐々に広がっていったと思う。実際に派手なプロモーションが行われたわけではないが、本国フランスではジャズ・チャートで1位にもなり、ヨーロッパを中心にじわじわと広がり、日本でもストリーミングだけでなく、CDやヴァイナルが静かに売れ続けていた。SNSで大きな話題になったわけではないが、静かに、着実に口コミで広まっていった作品だった。

そんな彼女の音楽は幅広い時代のジャズを中心に、ブラジル、アフリカをはじめとした様々な地域のサウンドが融合していて、その歌詞は英語やフランス語だけでなく、ポルトガル語、更にはほんの少しだがアラビア語も混じったもの。彼女はそんな多様な要素をオーガニックかつノスタルジックなムードの世界に封じ込めている。その音楽は表面的にはジャジーなシンガーソングライターとして聴くことができるし、聴き込めばハイブリッドさが立ち上ってくるようなサウンドになっていて、どんな場所にも、どんなシチュエーションにもフィットするような不思議な魅力を持っていた。その音楽には明らかに深みがあり、曲によっては難民問題へのメッセージを匂わせるような鋭さも併せ持っていた。

そして、6月21日の国内盤リリースに合わせて、彼女の本邦初インタビューがこうして実現。彼女がどんな音楽から影響を受け、どんなことを考えながら音楽を作ってきたのかをじっくりと聞くことができた。




―どんなシンガーソングライターを研究してきたのか教えてください。

ギャビ:まずはジョアン・ジルベルト。アルバムもたくさん聴いたし、歌い方もすごく研究した。それからビリー・ホリデイ、ペギー・リー、ジュリー・ロンドン。もちろんメロディ・ガルドーやマデリン・ペルーも。最近はもっとポップなのも聴いていて、例えばビリー・アイリッシュとかね。

―今の答えを聞くと、ミュージシャンとしてのアイデンティティとしては「ジャズ」が大きいのでしょうか?

ギャビ:もちろん、ジャズは私の中ではすごく大きなもの。ものすごく聴いてきたし、学校でも16歳、17歳の頃にジャズ・ボーカルを学んで、その後、コンサバトリー(音楽学校)に進学して、ハーモニーを少し、ギターも少し、スタンダードも少しって感じで一通り勉強しているから。

でも、学校でジャズ・ボーカルの歌唱を本格的に学んだって感じではないかな。どちらかというと実際にステージに立って歌うこと、もしくはアルバムを聴いて耳で覚えながら学んだことのほうが大きかったと思う。特に大好きなボーカリストはルイ・アームストロング、それからエラ・フィッツジェラルド。そういった人たちをひたすら聴いて勉強した。


ギャビ・アルトマンのお気に入り楽曲をまとめたプレイリスト

―では、次はギタリストとしての側面について聞きたいんですが、研究したギタリストはいますか?

ギャビ:また同じ名前を出しちゃうけど、ジョアン・ジルベルト。そもそも私はブラジルのミュージシャンが大好きだし、ブラジル人の先生にも教わっていたことがある。カエターノ・ヴェローソ、ガル・コスタも好き。ジャズだったら、私のアルバムに参加してもらってるんだけど、ジュリアン・ラージ。フォークとジャズがミックスされたような彼の演奏にとても惹かれているから。


ジュリアン・ラージをフィーチャーした「People Tell Me / Les gens me disent(人はそう言うけれど)」

―すでに2度名前が出てますが、ジョアン・ジルベルトはあなたにとってどんな存在なんですか?

ギャビ:ジョアンに関してはアルバム全部好きだし、曲は全曲好き。私は彼のリズムのアプローチが好き。様々なリズムを熟知しているんだけど、同時にそこから自由にもなっていて、自分なりのやり方で演奏することができている。それがジョアン・ジルベルトという人。歌い方も同じ。歌唱の中でディテールがものすごく大事にされているのと同時にミニマムな歌い方であるとも言える。そして、彼が歌うメロディーは常にすごく美しい。彼自身が作曲した「ソング」はそんなに多くないんだけど、彼が取り上げるソングはいつも素晴らしい。そんな彼の感性のすべてに私は憧れてる。

ジョアン・ジルベルトに関しては音楽の歴史を変えた人だと私は思ってる。特に南米のシンガーソングライターだったら、影響を受けた人はものすごく多い。いろんなスタイルの音楽をやっている人にも影響を与えているし、器楽奏者の人たちも楽器をやる上で彼のギターのアプローチ、演奏のパフォーマンス、ギターのヴォイシングなど、彼から影響を受けた人はすごく多いと思う。彼はマスター(巨匠)。私はそんなジョアンのアルバムを時間をかけてたくさん聴いてきた。それでも聴くたびに前には気づかなかった新しい発見があるのがジョアン・ジルベルトの音楽。

―かなり影響を受けているわけですね。では、さっき名前が出たカエターノ・ヴェローソはどうでしょう? 彼もブラジル人ですが、ジョアンとは異なるタイプのアーティストですよね。

ギャビ:カエターノもジョアン・ジルベルトからの影響を受けていると思うし、ハーモニーのことや曲の書き方、録音の仕方までジョアンから教わった部分もあると思うんだけど、彼はそこから自分の音楽をどんどん作り変えていった。アルバムの数も多いし、どのアルバムもその時々のコンテンポラリーさが詰まっている。だから、カエターノはアイコンみたいな存在だと思う。一度だけ本人と会ったことがあって。その時に撮ってもらった写真はずっと部屋に貼ってある。

―いいですね。

ギャビ:言い忘れていたけど、ジルベルト・ジルも私にとって重要なアーティスト。カエターノもジルも70年代のトロピカリアの一員。彼らが醸し出すユニバース、世界観、スタイル、レコーディングのやり方など、その全てに魅了されている。彼らの作品にはオーケストラのアレンジの曲と一緒に、シンプルな弾き語りの曲も収まっている。ひとつのアルバムの中に多様性があるセンスが素敵だなってずっと思っている。

それにカエターノもジルも曲の解釈が素晴らしい。実は一度だけカエターノのコンサートを生で見たことがある。オーケストラとの共演だったんだけど、その日、1曲だけフランス語で歌ってくれた。その時に歌詞の解釈の素晴らしさに感動したことを覚えている。生で観られたことも嬉しかったけど、私にとってはフランス語で歌ってくれたことが驚きだったから。

―おっしゃる通り、カエターノは時期によってサウンドが全く違いますよね。特に好きなアルバムは?

ギャビ:カエターノがすべてスペイン語で歌っている『Fina Estampa(粋な男)』かな。


 
 
 
 

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