世界的インディレーベル社長が綴る、ジャズの巨匠ロイ・エアーズとの「父子の物語」

父からの電話

父と面会することを最初に伝えたのは母だった。私とは違って、母は父のことを気にかけていた。直接やりとりはしていなかったが、ロイがバークレーでやったライブを観に行っていた。母は、私のバンドの最新CDを手に息子の様子を報告すべく会場に行き、私が何度か会ったときと同じような、友好的だけれども手短なやりとりをしたことを教えてくれた。

そのときの母の口調は、私を驚かせた。父と連絡を取る方法を知らなかった母は、防御的な口ぶりで、これから私が向きあう挑戦についてこう警告した。「気をつけなさい。たとえ連絡が取れても、あてにならない人だから。約束をしても......現れないかも。それでも本当にいいの?」。

ネットで見つけた唯一の連絡先は、父のブッキングエージェントだった。「私の父なんです」といって無理をさせるのも気が引けたし、似たようなメールを送るのは、父の人生において私が初めてではないかもしれない。そこで、父が見たらそれとわかるシンプルなメールを送った。

「ナビルと申します。私の母ルイーズがロイと70年代にニューヨークで出会っています。私はシアトルに暮らしていますが、9月にロイがここで演奏することを知りました。街に滞在している間のどこかで彼にお会いできたらと思っています。おつなぎいただけましたら幸いです。なにとぞよろしくお願いします」

送信ボタンを押した瞬間、34年間、父のことを気にもかけなかった日々が幕を閉じた。初めて自分をさらけ出したのだ。焦燥感が体を襲った。喉と胸がふさがり、口が渇いた。扉を開けたのは私だが、私にはそこまでしかできない。あとは、父次第だ。

それから2日間、私はずっと気がかりだった。仕事に集中できなかった。親しい友人と話すのも、この話題だけだった。2日経っても返事が来なかったが、このまま28日間もじっとしているわけにはいかない。平静を装って書いたメールから、はるかに切迫した脅迫的なメールにしてみた。今度は、ロイが私の父親であること、連絡があってもなくてもショーには行くことを伝えた。そして、返事をしてくれれば、私たち二人とも心穏やかにライブを楽しめるだろう、とも付け加えた。

15分後、エージェントから、メールを父に転送したという返信があった。

私は感激した。母は私以上に気が気でなく、父から返事が来たかを聞くのをやめてくれないかとお願いしなくてはならないほどだった。そしてライブがある日まで、自分にできることは何もないのだと言い聞かせた。精神衛生のためにも、ひとまずこのことは完全に頭から消し去っておくしかない。

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ライブの1週間前、不在着信と留守電で目が覚めた。

「やあ、ナビル」。私の名前を言ったとき彼の声は高くなった。正しく発音してくれたことが嬉しかった。「ロイだけど、いまニューヨークからかけてる。シアトルにいると聞いたけど」。彼の口調は会話調で、まるで機械にではなく、実際に私に話しかけているようだった。「来週そっちに行く予定だから、電話をくれ。ぜひ会おう。それじゃ、近いうちに。じゃあ」。

ロイのメッセージを何度か再生して、自分の声に似ているのかどうか確かめた。そして、自分をつくってくれた人物の声を、アルバムを通してではなく、自分の携帯電話から直接聞くことができたことを奇妙に感じた。60代の男性らしい、温かく、ゆったりとした口調だった。

その日の朝のワークアウトを私は笑顔で終えた。店までの5分間の歩みも、ここ数週間のそれとは打って変わって弾んだ。店に到着し、30分ほど朝のメールや電話をかけ、前日の売り上げを確認し、頭を整理してから父に電話をかけた。

呼び出し音が鳴っている間、私の胃は緊張で満たされた。

彼はすぐに出た。「もしもし?」。その日の朝、繰り返し聴いたのと同じ声だった。

会話は淀みなかった。気さくで、自然で、楽しくさえあった。と同時に、まるでサンタクロースと話しているかのような非現実感もあった。話している相手が実際に存在しているのか不安を覚えるほどだった。シアトルに住んでいること、音楽をやっていることなどについて聞かれ、自分に関することをよく覚えていることに驚かされた。本当に興味があるようだった。

彼の人生について知りたいことはたくさんあった。他の子供たち。健康状態。音楽との歴史やつながり。けれども、何を聞いたかは覚えていない。短いやりとりは、ライブの日に私がホテルまで彼を迎えに行き、ランチを一緒に食べる約束で終わった。

すぐさま母に電話すると、以前よりもさらに心配そうな様子で、一番恐れていることを聞いてきた。「来なかったらどうするの」。

Translated by Kei Wakabayashi

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