甲斐バンド、1974年から1977年までの歩みを振り返る

甲斐バンドのデビュー45周年のライブベストアルバム『サーカス&サーカス2019』




ルー・リードがニューヨークを歌ったように、甲斐バンドは新宿を、そして東京を2枚のアルバム『英雄と悪漢』、『ガラスの動物園』で歌いました。『ガラスの動物園』には、「東京の一夜」という曲もあって、これはメロディの覚えやすさや、“東京の一夜はこの町で過ごす一年のよう”というフレーズの鮮烈さから、いまだに支持の高い曲です。

『ガラスの動物園』の中には、「男と女のいる舗道」という曲もありました。ジャン・リュック=ゴダール監督の作品に『女と男のいる舗道』という名作があります。そして、アルバムのタイトルは、テネシー・ウィリアムズの有名な戯曲ですね。2枚目のアルバム『英雄と悪漢』は、ビーチ・ボーイズにそういう曲があります。その曲は、作曲がブライアン・ウィルソンとヴァン・ダイク・パークスの共作です。ヴァン・ダイク・パークスと言えばはっぴいえんど、彼らの3枚目のアルバムにも加わっていますし、細野晴臣さんは今だに付き合いがあるという、ロックファンの中で忘れてはいけない一人の名前なんですが、甲斐バンドの流れの中でこういう名前が出てきたことはあまりないと思います。当時の音楽ライターの力量不足だった。甲斐バンドをそういう風に見てきた人がどのくらいただろうと。その辺にちゃんと反応したのは萩原健太さんぐらいだったんではないかと改めて思ったりします。

そういう甲斐バンドの文化性、映画や小説が作品の中に反映されていることも特徴として見ないといけないです。でも、お客さんはほとんど女の子だった。先程の「吟遊詩人の唄」の間奏の女の子の歓声、合唱。女の子が反応したんですね。これはいつの時代もそうなんだと思いますが、ビートルズやエルヴィス・プレスリーも最初は女の子からだった。甲斐バンドも、甲斐さんのステージでの声やパフォーマンスが入り口となって、女の子がかっこいい、素敵だというところから入っていった。

1976年、1977年というのは、甲斐バンドのライブ伝説の始まりの年でした。例えば、女子大の学園祭でお客さんが折り重なって負傷者が出たとか、ライブハウスのチケットは4日間徹夜しないと買えない。大阪のサンケイホールのオケピットが落ちた。極めつけには1977年5月8日の渋谷公会堂の公演。渋谷公会堂の伝説というと、1987年12月24日のBOØWYの最後のライブがありますが、甲斐バンドのこの日の公演では会場から駅までお客さんが辿り着けず倒れて、何度も救急車が出動したという証言があります。

今日は最後に、最初に流したライブアルバム『サーカス&サーカス2019』の中の、「吟遊詩人の唄」と同じ1977年12月の中野サンプラザ公演での「悪いうわさ」と「ダニーボーイに耳をふさいで」のメドレーをお聞きいただこうと思います。

悪いうわさ Live] / 甲斐バンド

ダニーボーイに耳をふさいで [Live] / 甲斐バンド
--{甲斐バンドを再度語る理由}--
田家:FM COCOLO「J-POP LEGEND FORUM」、甲斐バンド栄光の軌跡Part1。1970~1980年代にかけての新しい時代を切り開いたロックバンドの12年間を辿っております。1974~1977年の半ば頃まで今週はお話しました。今流れているのは、この番組の後テーマ、竹内まりやさんの「静かな伝説(レジェンド)」です。



音楽の語り方というのは色々な切り口があると思います。でも、その時代には語りきれなかったことや、その時代にあまり評価されなかったことが、時間が経つにつれて見えてきたり、改めて評価されたりということがあります。甲斐バンドが1986年に解散して35年経つわけですが、その後に彼らがどのように語られてきたのかなと思ったりしながら、この選曲のためにアルバムを聴き直してました。

私事ですが、1985年に『ポップコーンをほおばって』という本を出してるんですね。これはファンクラブの機関紙、ビートニクという新聞に連載していたものでした。「アナザーサイド・オブ・甲斐バンド」という、なぜその人は甲斐バンドに当時惹かれたのか? という動機や背景を追った連載が本になった。今改めて読み返してみると、やっぱり力足らずと言いますか一面的。もっと書くことがあったんじゃないかとか色々なことを考えなら、来週以降の放送にも臨もうと思っています。

今の音楽ライターや今の音楽を聴いている人たち、洋楽に詳しい人たちが改めて甲斐バンドを聞き直して、評価するきっかけになればいいなと思う1ヶ月。来週は1977年から1979年までの話を辿ってみようと。作風や時代、いろいろなことが劇的に変わっていく三年間をお送りしようと思います。



<INFORMATION>


田家秀樹
1946年、千葉県船橋市生まれ。中央大法学部政治学科卒。1969年、タウン誌のはしりとなった「新宿プレイマップ」創刊編集者を皮切りに、「セイ!ヤング」などの放送作家、若者雑誌編集長を経て音楽評論家、ノンフィクション作家、放送作家、音楽番組パーソリナリテイとして活躍中。
https://takehideki.jimdo.com
https://takehideki.exblog.jp

Rolling Stone Japan 編集部

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