今注目すべきはジャンルを超えて活況を呈するイギリス? 2021年1stクォーターを象徴するアルバム4選

2. Slowthai / TYRON



まさにアーロ・パークスのアルバムが好例だが、メンタルヘルスの問題は依然としてポップカルチャーにおける重要なトピックだ。「ブレグジットの無法者」を自称し、2019年のマーキュリー賞授賞式ではボリス・ジョンソンのマネキンの生首を掲げてステージで暴れていたスロウタイでさえ、2nd『TYRON』のテーマは自身のメンタルヘルスである。ここには不敵な笑みを浮かべて、社会の底辺から唾を吐く男はいない。この変化の直接的な要因は、2020年のNMEアワーズでプレゼンターに暴言を吐き、ミソジニストとしてキャンセルされかかったこと。それまで歯に衣着せぬ言動で権力者に盾突き喝采を浴びていたはずが、一歩踏み外した途端に掌返しの袋叩きにあうとは、なんとも現代的な事象だろう。本作は2枚組となっており、1枚目はキャンセルカルチャーに真っ向から反撃する「CANCELLED」を筆頭としたアグレッシヴな曲、2枚目は自身が抱える発達障害を曲名に冠した「adhd」など内省的な曲が並ぶ。言うまでもなく、本作の主題は物事の多面性だ。スロウタイという人間にもいろんな側面がある。これはつまり、SNS時代はどうしても人々は物事を冷静にいろんな角度から見ることを忘れ、自分の見たいものだけ見てしまうことに対する批評でもあるのだろう。良くも悪くも当事者の問題として回収されがちなメンタルヘルスというテーマを通し、彼は今の社会の在り方を見つめている。


3. Black Country, New Road / For the first time



ブレグジットの混乱の中でリリースされたスロウタイの1stの表題『Nothing Great About Britain』は秀逸な社会批評だったが、「黒い国、新たな道」という不穏なバンド名も今のイギリスが置かれているハードな状況を否応なしに連想させる。活況が続くサウスロンドンのバンドシーンから登場した7人組、ブラック・カントリー・ニュー・ロードのデビューアルバム『For the First Time』は、今のところ同シーンが生んだ最良の成果だ。ジャズ、ポストパンク、ノーウェイヴ、ミニマルミュージック、クレズマー(東欧系ユダヤ人の民族音楽)などが混濁したフリーフォームなサウンドは、言わばポストジャンル時代に対する英国アンダーグラウンドからの応答。サウスロンドン勢に多いポエトリーリーディング調の歌唱は、言葉の響き以上に意味を強調しているという意味で(ラップに影響を受けた)現行のポップとも緩やかに共振している。だが同時に、彼らは意識的に時流へ背こうとしているのも間違いない。ポップソングがストリーミングやTikTokでのヴァイラルに最適化すべく、短くてわかりやすいフックを重視する傾向が強まっているのに対し、ジャムセッションから発展した彼らの曲はどれも尺長で、あくまで全体の流れで聴かせる構成。その詩的なリリックも、曲全体から抽象的なフィーリングを立ち昇らせることを意識したものだ。プレイリスト向けのポップに慣れた耳には、このアルバムは不親切で、混沌として聴こえるかもしれない。だが、彼らはその混沌の先にこそ「新たな道」が見えると信じているのだろう。


4. Foo Fighters / Medicine At Midnight



BCNRがアンダーグラウンドのロックバンドによる最良のトライアルだとすれば、フー・ファイターズの10作目『Medicine At Midnight』はメインストリームで勝負するロックバンドによる果敢な挑戦の記録だ。これまでよりも明らかに音の隙間を意識し、各楽器の抜き差しでダイナミズムを生もうとするサウンドデザインは、今のチャート音楽に対する対抗心が伺える。デイヴ・グロール曰く、目指したのはデヴィッド・ボウイ『レッツ・ダンス』。わかりやすくヒップホップに目配せするのではなく、グルーヴ主体のポップ音楽として『レッツ・ダンス』を目標に掲げたのは、いい落としどころだろう。少なくともこれは面白く、興味深い。本作が『レッツ・ダンス』に並ぶ成功を収めるとは思わないが、メインストリームの第一線で戦い続けるロックバンドの矜持はしっかりと伝わってくる。

Edited by The Sign Magazine

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