ライヴ・エイド出演の立役者が語る「クイーン」バンドの一員として共に歩んだ35年間

クイーンのサポートメンバーとして長くキーボーディストを務めてきたスパイク・エドニー(Xavi Torrent/Redferns/Getty Images)


ークイーン+ポール・ロジャースの起源について教えてください。

当時ポール・ロジャースはFreeのヴォーカルで、クイーンの2人はバンドのファンだった。僕も好きだったよ。ワイト島フェスティバルで何度かFreeのライブを観て以来、ポール・ロジャースのファンになったんだ。きっかけはテレビ中継される胡散臭いアワードだった。有名人を壇上に上がらせるために新しい賞を作るような、中身空っぽのやつだよ。当時ポールはソロで、クイーンにはシンガーがいなかったから、「『All Right Now』と『ウィー・ウィル・ロック・ユー』を一緒に演奏するっていうのはどう?」ってプロデューサーが提案したんだ。実際にはいろいろと複雑なやりとりがあったんだろうけど、基本的にはそういう形で始まった。2人は彼のファンだったから、「彼がその気なら大歓迎さ」って感じだった。それで一緒に音合わせしたんだけど、彼の歌はバッチリだった。その番組企画の後もコラボレーションは継続して、僕らはツアーにも出た。すごくいい出来だったと思うよ。

個人的に、僕はポール・ロジャースの声が大好きなんだ。必要とあればどんな曲だって歌いこなすけど、彼が本当に好きなのはブルースとソウルなんだ。彼のことを好きじゃない人もいるけど、僕は肯定派だね。コラボレーションは成功だったと思ってるし、僕は今でも彼のファンだよ。



ーロジャーはポール・ロジャースの歌唱力は認めつつも、クイーンの曲を歌うには少しブルージー過ぎると話していました。

曲によっては確かにそうだろうね。彼の声にマッチしていない曲もあったと思う。でもハマってるやつは本当に見事だった。下手をすれば思いっきり裏目に出かねないことに、彼は果敢に挑戦したんだよ。彼は深い敬意をもって臨むことで評価を得たと思うし、僕はそんな彼のことをすごくリスペクトしてるよ。

ーそのツアーの終わりがクイーンの終焉になると考えていましたか?

これが最後だろうっていつも思ってるよ。あの時も他に選択肢はないだろうと思ってた。続けていく方法も理由もなかったからね。

ーYoutubeでMarc Martelの動画を観た時はフレディそのもので驚きましたが、あなた方はそっくりさんを欲しているわけではなかったと。

そうだね。それをやっちゃうとトリビュートバンドになってしまうからね。「フレディそっくりだけど、フレディじゃない」なんて言われるのはごめんだよ。アダム(・ランバート)の声はフレディとは全く似ていないけど、彼が素晴らしいシンガーだってことはみんな認めてる。「声も見た目もフレディとはまるで似ていないけど、彼はフレディじゃないし、彼は彼で素晴らしい」そうあるべきなんだよ。



ー彼の歌を初めて聴いた時のことを教えてください。

僕の妻が教えてくれたんだ。僕らはヨシュア・ツリーにいて、僕がお気に入りの小さなキャビンの外でくつろいでると、妻が「テレビで面白いのやってるわよ」って声をかけてきた。何を観てるんだって訊くと『アメリカン・アイドル』だっていうから、遠慮しとくって言ったんだ。ああいうのは僕の趣味じゃないからね。でも彼女は「観たほうがいいわよ」って念を押してきた。

マティーニのおかわりを作るつもりで小屋の中に戻った僕は、彼が歌う「胸いっぱいの愛を」を耳にした。終盤に差し掛かったときに、僕はこう思った。「ここが肝なんだ」ってね。彼は最後のカデンツを見事に、いとも簡単に乗り切ってみせた。あれだけ自信たっぷりにあの曲を歌いこなすなんて、只者じゃないと思った。Googleで検索してみると、彼がオーディションの場で「ボヘミアン・ラプソディ」をアカペラで歌う動画を見つけた。僕はすぐさまメールを送った、こう書き添えてね。「新しいシンガーが見つかった」

Translated by Masaaki Yoshida

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