シーアの知られざる波乱万丈人生、どん底から這い上がったポップスターの歩み

ビバリーヒルズのPeninsula Hotelの前につけたSUVから出てきたシーアを出迎えたのは、彼女のマネージャーとパーソナルアシスタント、そして2人のプロダクションアシスタントだった。彼女は偏頭痛に悩まされていたが、涼しい顔で会話を交わしながらロビーを歩いていく。上階で彼女がアシスタントにリードされる形で歩く長い廊下はプラスチックフィルムに覆われており、歩くたびにプップッと小気味のいい音をたてる。

「まぁ失礼ね」シーアが静かに切り出す。

「何ですか?」プロダクションアシスタントは緊張した面持ちで答える。

「気にしないで。『今オナラしたでしょ』っていうジョークのつもりだったの」シーアはそう言った。控え室で待っていたかかりつけの医者から頭痛を抑えるトラマドール(彼女曰く「私の特効薬!」だという)を投与してもらい、彼女は軽い足取りでディレクターとのミーティングに向かった。

「セリフは覚えてる?」ディレクターが問いかける。

「いいえ」彼女はそう返す。「今覚えるから教えて」

彼女が臨んでいるのはGoogle Assistantのコマーシャル撮影だ。彼女が覚えるべきセリフはわずかであり、あとはそれに応じた表情を浮かべるだけだのだが、中央を境にブロンドと黒に分かれたビーチボールサイズのウィッグで顔が覆われることを考えれば、重要なのは口元だけなのかもしれない。彼女のマネージャーが現場の責任者にウィッグの使用を希望するかどうか尋ねると、彼は自信満々に「もちろんウィッグありでお願いします。彼女のトレードマークですからね」と答えた。「わずか6時間もかからずに、あのウィッグは何百万ドルという大金を生み出すってわけ」シーアはそう話す。

シーアは女優を志したこともあった。彼女はオーストラリアのNational Institute of Dramatic Art(ケイト・ブランシェットやバズ・ラーマンの出身校)から入学を認められていたが、シーアは進学ではなく旅に出る道を選んだ。彼女の父親のPhil Colsonはブルースギタリストであり、母親のLoene Furlerはアデレードにあるカレッジで講師をしていた(2人は結婚しておらず、シーアが10歳の時に正式に別れている)。幼い頃からアートハウス系の映画が好きだった彼女は、奇妙な声で喋ったり、踊ったり歌ったりしながら、いつも自分以外の誰かになりきっていたという。「うちじゃそういうのが良しとされたの」彼女はそう話す。「エンターテイナーであれってこと」

17歳の頃、彼女は地元アデレードで活動していたアシッドジャズ・ファンクのバンド、Crispにシンガーとして加入した。初めてのライブの日、ガチガチに緊張していた彼女は、見知らぬ人物からワインの入ったグラスを手渡された。初めて口にするアルコールの虜になった彼女はその日以降、何年もの間ほぼ毎日酒を飲み続けた。

彼女の初恋の相手、それはDan Pontifexという名のウェイターだった。2人の交際は1年半で終わったが、その後も2人は良き友人同士であり続けた。しかし2人がヨーロッパ旅行を計画していた1997年、Pontifexは24歳の誕生日の日にタクシーに轢き逃げされ、そのまま帰らぬ人となってしまう。「人生で初めて経験する、本物の喪失感だった」彼女はそう話す。「私は彼の死を悼む仲間たちと一緒に、酒とドラッグで悲しみを紛らわそうとしたのよ」


Zero 7のメンバーだった頃のシーア・ファーラー 2001年11月 ロンドンの93 Feet Eastにて(Photo credit: Jim Dyson/Getty Images)

Pontifexはオーストラリアからやってきた10人以上の友人たちと一緒に、ロンドンにある3ベッドルームの一軒家に住んでいた。住人の大半はシーアと面識がなかったが、皆彼女を歓迎してくれたという。彼らと共に悲しみ、酒を飲み、そしてハイになった彼女は、ほどなくしてその家で暮らすようになった。彼女はバーテンダーとして働いていたが、客にタダ酒を振舞いすぎるという理由でクビにされてしまう。ジャミロクワイの未発表曲でバックコーラス等を務める傍ら、彼女は『Only See』(1997年、セールスはわずか1200枚程度だった)、そして『Healing Is Difficult』(2001年)という2枚のソロアルバムを発表する。BBCのある評論家は、彼女の作品を高く評価した。「彼女は比較対象を挙げられないほど、ヴォーカリストとして突出した個性を持っている。むしろ彼女は将来、後続のシンガーたちの引き合いに出される存在となるだろう」リードシングルこそUKチャートでトップ10入りを果たしたものの、アルバムのセールスは伸びず、やがて彼女はレーベルから解雇されてしまう。

Translated by Masaaki Yoshida

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