マーキー・ラモーン、人気シェフの故アンソニー・ボーデインを偲ぶ「彼は正真正銘のパンクだった」

マーキー・ラモーンと亡くなった人気シェフのアンソニー・ボーデイン(photo by Shutterstock)

現地時間8日、米人気シェフのアンソニー・ボーデイン氏が渡航先のフランスで逝去した。享年61歳で、死因は自殺と発表されている。ラモーンズのドラマー・マーキー・ラモーンは、ボーデイン氏のことを「正真正銘のパンク」と呼ぶ友人。ローリングストーン誌に寄せた、追悼文を紹介する。

20年近く、アンソニー・ボーデインとマーキー・ラモーンは数々のレストランで食事し、食べ物と音楽について語り合った。ボーデインは本物のパンクロッカーで、70年代に伝説のクラブCBGBでラモーンが様々なバンドでドラムをプレイするのを見ていた。

二人が友だちになったあと、ボーデインは自身のテレビ番組『アンソニー世界を喰らう』にラモーンを二度ゲストとして招いた。一度目は米クリーブランドで撮影したエピソードで、二人はロックの殿堂を一緒に訪れた。二度目はクリスマスのエピソードで、無人島に持っていくレコードについて語り合った。ボーデインは機会があるといつもラモーンズへの愛情を示していた。彼はジョーイ・ラモーンの「New York City」のビデオにも出演していて、自身の著書『The Nasty Bits: Collected Varietal Cuts, Usable Trims, Scraps and Bones』をラモーンズに捧げている。またマーキーの著書『Punk Rock Blitzkreig: My Life as A Ramone』で推薦文を提供したこともあった。

そんな仲だった友人ボーデインの突然の自殺の知らせに、マーキーはうろたえるしかなかった。「そんな死に方は絶対にないと思っていた」とマーキー。「でも、脳の中でどんな誘惑が起きているかなんて傍からはわからない。彼の頭の中には悪さをする悪魔がいたんだろうな」と。(ボーデインは過去にヘロインなどのドラッグを使用したこと、ドラック中毒を克服したことを公に認めていた。)

ここでマーキーが「トニー」と呼ぶ友人に敬意を表した追悼文を発表する。「未だに何が起きたのかよく理解できていないし、よく考えられない状態だけど」と言いながら。

俺がトニーに初めて会ったのがアップタウンにある彼のレストラン(Brasserie Les Halles)で、2000年か2001年だった。嫁さんと一緒に行ったら、トニーがテーブルにやってきた。彼、総料理長だったから。そこで彼は俺がラモーンズの一員だと気付いた。その途端、彼は音楽の話を始めて、ボイドイズのギタリスト、ロバート・クインの話になった。俺がそのバンドにいたことも知っていたよ。そして、トニーは俺と嫁さんに特別な料理を出してくれた。肉が大好きだって伝えたら、最高に美味いステーキを焼いてくれたよ。

俺たちが音楽の話をするとき、彼はCBGC界隈に頻繁に出没していた頃のことをよく話した。彼はあの界隈の空気が本当に好きだったし、あそこで起きたムーブメントが持っていた政治的な含意も気に入っていた。俺たちの好きな音楽が共通していることもよく話した。ジョニー・サンダーズ、ハートブレイカーズ、ドールズ、ラモーンズ、ブロンディ、ピストルズ……それに彼は右翼や保守派の過激主義を毛嫌いしていた。彼の個性はCBGBが中心地だったニューヨークのパンクロック・シーンで育まれたもので、その姿勢を自身の料理にも取り入れていて、それが旅するシェフへとつながったわけだ。俺たち二人の絆があっという間に深まり、死ぬまで続く友情が生まれた。

俺は彼の番組に二度出演した。一度目はクリーブランドだった。ロックの殿堂に行って、トニーの知り合いのシェフのレストランに行ったら、そのシェフは子豚の料理を出してくれた。トニーが「マーキー、これはお前好みだぞ」と言うから、俺は「トニー、なあ、俺は一度も子豚を食ったことがないけど、お前を信用するぞ」と応えて、俺は彼の言葉を信用して食べたよ。そしたら、最高に美味しいベーコンみたいな味だった。

Translated by Miki Nakayama

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