元フリートウッド・マックのギタリスト、ダニー・カーワン逝去 バンド脱退後はホームレス生活

元フリートウッド・マックのギタリスト、ダニー・カーワン(左から二番目)が逝去した (Photo by Chris Walter)

米現地時間6月8日、元フリートウッド・マックのギタリスト、ダニー・カーワンが逝去。享年68歳だった。1968年から1972年にリリースされた同バンドのアルバム5枚に参加している。「ダニーの本物のレガシーは、私の心の中で、彼が作った音楽と美しい演奏と共に永遠に生き続けるだろう」とミック・フリートウッドは投稿した。

フリートウッド・マックのアルバム5枚に参加した同バンドの元ギタリスト、ダニー・カーワンが米国時間6月8日(金)に68歳で他界した。

当時18歳だったカーワンを1968年にフリートウッド・マックに誘ったミック・フリートウッドは、同バンドの公式Facebookページでカーワンの死去を公表し、追悼を捧げた。死因は明らかになっていない。

「今日はイギリスのロンドンでダニー・カーワンが他界したという悲しいニュースで一日が始まった。ダニーはバンドを始めた頃の私たちの大きな力だった。彼のブルース愛が1968年にフリートウッド・マックへ誘われるきっかけとなり、その後何年もこのバンドが彼の音楽のホームグランドとなった」と、フリートウッド。

そして、こう続いた。「ダニーの本物のレガシーは、私の心の中で、彼が作った音楽と美しい演奏と共に永遠に生き続けるだろう。そして、とうとう50歳になったフリートウッド・マックというバンドの礎を築いてくれた人としても。ダニー・カーワン、ありがとう。君のことは永遠に忘れないよ!」と。

カーワンがフリートウッド・マックに加入したのは、1968年のアルバム『ミスター・ワンダフル』のリリース直後だった。カーワンのギターが初登場したのはフリートウッド・マックのナンバーワン・シングル曲「アルバトロス」で、その後、ギタリスト兼シンガーとして、このバンドで5枚のアルバムを録音している。彼が参加した5枚のアルバムは、1969年の『ゼン・プレイ・オン』(ピーター・グリーンが参加した最後のアルバム)と『ブルース・ジャム・アット・チェス』、1970年の『キルン・ハウス』(クリスティン・マクヴィー初参加アルバム)、1971年の『フューチャー・ゲーム』、1972年の『枯れ木(原題:Bare Trees)』。



1972年、アルバム『枯れ木』でのツアーを行っている最中に、カーワンはアルコール依存症でフリートウッド・マックを解雇された。その後、70年代後半までにカーワンはソロアルバムを4枚リリースするも、その後の20〜30年間はメンタルヘルス問題を抱え、ホームレスとして生活していた時期もあったと報じられている。

「大変な時期もあったが、今はそんなに悪い状態ではない」と、1993年にインデペンデント紙に掲載された非常に珍しいインタビューでカーワンが語っている。これは、ミック・フリートウッドがイギリス政府の行方不明者捜索機関に捜索願を出したことがきっかけで、カーワンが発見されたあとに行われた。このインタビューでカーワンはこう述べている。「俺はなんとか生きているよ。たぶん、今の俺はホームレスって呼ばれるものだと思うけど、そもそもツアーに出始めた頃から自宅なんてなかったんだ。家とかそういうのって、精神的に耐えられないし、逃げるしかなかった。俺は一ヶ所に落ち着くことができないのさ」と。

フリートウッド・マックへの貢献が認められ、彼は1998年にそれ以外の7人のメンバーと共にロックの殿堂入りを果たしている。殿堂入りしたメンバーは、ダニー・カーワン、スティーヴィー・ニックス、リンゼイ・バッキンガム、ミック・フリートウッド、ピーター・グリーン、ジョン・マクヴィー、クリスティン・マクヴィー、ジェレミー・スペンサーの8人。しかし、このとき、カーワンは授賞式に参加しなかった。



Translated by Miki Nakayama

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