ボブ・ディランがノーベル賞にふさわしい理由

(Photo by Christopher Polk/Getty Images for VH1)


シェイクスピアは作家であり俳優であり、劇場で生の観客相手に儲けようともがいていた興行主でもあった。ここに重要なポイントがある。シェイクスピアは彼の演劇を出版しなかったし、書いたものを手元に残すこともしなかった。一度舞台で上演されてしまうと、彼はすぐ次の作品にとりかかった。彼の死後、友人たちが使用済みのボロボロの脚本などから彼の戯曲を寄せ集め、ファースト・フォリオを出版した。威信の低さは前進しようとする力となる。演劇は全国的にブームになりつつあったが、まだ安っぽいものとして見られていた。シェイクスピアは彼の詩を低レベルの観客向けに作っていた。「世界の歴史に残るべき最高の詩人は、彼の才能を大衆娯楽のために使い、世に知られることもない世俗的な人生を送った」。

ディランもそう多くの本を書いていないが、彼の楽曲はシェイクスピアと同じ「熱く煮えたぎる血」から生まれたものである。ディランは、自分の楽曲が難解だろうがコミカルなものだろうが、言葉だけを取り出してまとめることはできないことを知っている。彼は歌詞を書きながら途中で心変わりすることが多い。言葉の途中で変化をつけることもある。2004年に彼自身が解説している。「知っている曲を選んで、まず頭の中でその曲を流してみるんだ。それが俺流の瞑想さ。壁のひびを見つめながら集中したり、羊や天使やお金なんかを数える人もいるだろう。いずれにしろ、それらはすべてリラックスする手段として有効なことが証明されている。俺はそんなやり方で瞑想できない。曲がなければ瞑想できないんだ」。そのように音楽を頭の中で流しながら彼は新しい歌詞を創り出している。「例えば、車の運転中やおしゃべりの最中やぼうっとしながら、ボブ・ノランの『Tumbling Tumbleweeds』を繰り返し頭の中で再生するんだ。目の前の相手は俺と会話が成り立っていると思っているが、実はそうではない。俺は頭の中で流れている曲の方に集中しているのさ。ある時点で言葉が置き換わっていき、そこから俺は曲を作り始めるんだ」。

ノーベル賞の選考委員はこの点を正しく評価した。ディランの現在進行中のアメリカ音楽における業績は、この最も派手なやり方を世に知らしめる文学的な偉業である。ノーベル文学賞を授与されるということは、またスキャンダラスな国際的出来事が彼の歴史に刻まれることになるが、称えられるべき事実である。「俺の楽曲は何もない霞の中から現れたものではない」と、ディランは2015年のMusiCaresでの伝説的なスピーチで語っている。スピーチの中で彼は、フォーク、ブルース、カントリー音楽における自分自身のルーツを明かした。「すべての楽曲はつながっている。ごまかされないで。いろいろなやり方でいろいろなドアを開けただけだ」。ディランの開けたドアを我々は通り抜けてきた。ディランが60年以上に渡って築いてきた集大成がここにある。そして今後60年も。

Translation by Smokva Tokyo

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