フリートウッド・マックの礎を築いた故ダニー・カーワンの1969年演奏を振り返る

ANDY GREENE | 2018/06/12 13:15

| 1969年、BBCで放送されたフリートウッド・マックのライブ演奏 (Photo by Ivan Keeman/Redferns) |

英現地時間6月8日に死去した、元フリートウッド・マックのダニー・カーワン。1969年BBCで放送されたダニー・カーワンの「ライク・クライング」を演奏するフリートウッド・マックの映像を振り返る。

英現地時間6月8日に死去したダニー・カーワン。1968年にフリートウッド・マックに加入した彼は若干18歳だった。しかし、すでにロンドンの音楽シーンで経験を積んだブルース・ギタリストだったカーワンは、加入後すぐにフリートウッド・マックの曲作りでも重要なメンバーとなったのである。1969年リリースのアルバム『ゼン・プレイ・オン』では、「がらがらへび(原題:Rattlesnake Shake)」など、ピーター・グリーンが作った曲が多いとは言え、実は全14曲のうち7曲をカーワンが作っていた。

1969年、BBCで放送されたフリートウッド・マックがカーワン作の「ライク・クライング」を演奏しているライブ映像が残っている。カーワンはピーター・グリーンと共にギターとボーカルを担当していて、この映像が彼ら二人のケミストリーがどのようなものだったのかを表しているだろう(ちなみにカーワンは左側の明るい髪色の青年)。しかし、このラインナップでの活動はすぐに終わりを迎えてしまう。この1年後、グリーンがドラッグ依存症とメンタルヘルス問題でバンドを去る。ジェレミー・スペンサーがグリーンの後釜に迎え入れられたが、曲作りとバンドを率いる重荷がカーワンの肩に重くのしかかることとなった。

この時期のフリートウッド・マックをファンは「荒れ地時代」と呼ぶことが多い。この時期、彼らのアルバムがチャートインすることもなく、バンドのラインナップも不安定だったからだ。そして、1970年代初めからカーワンの飲酒量が劇的に増え、バンドメイトと距離を置くようになった。1972年、楽屋で殴り合いの喧嘩になった彼らは、結局カーワンをクビにする。その後、1970年代にカーワンは数枚のソロ・アルバムをリリースするも一切話題にならず、シーンから姿を消した。結局は死ぬまでメンタルヘルス問題と格闘することになり、一時期ホームレスにまで身を落としてしまった。

悲しいことに、カーワンがフリートウッド・マックを率い、多数の名曲を書いていた1970年代初頭の映像はほとんど残っていない。多くのフリートウッド・マックのファンは一時的にバンドに在籍したギタリストの一人としてカーワンを記憶している。フリートウッド・マックのギタリスト交代劇が何度も起きた上に、アルバム『噂(原題:Romours)』時代のラインナップが大成功を収めたこともあって、それ以前のバンドメンバーは話題に上らないのである。しかし、今年後半の彼らのツアー以降、この状況は変わることだろう。遂に彼らはバンドの歴史を網羅するセットリストを演奏することにしたのである。その中にダニー・カーワンの曲が最低でも1曲は入ることだろう。

「ダニーの本物のレガシーは、私の心の中で、彼が作った音楽と美しい演奏と共に永遠に生き続けるだろう。そして、とうとう50歳になったフリートウッド・マックというバンドの礎を築いてくれた人としても」と、カーワン死去のあとのコメントでミック・フリートウッドが述べた。
「ダニー・カーワン、ありがとう。君のことは永遠に忘れないよ!」と。

Translated by Miki Nakayama

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