「今の音楽はトラウマレベル」堕落したロックと社会をファット・ホワイト・ファミリーが辛口批判

Photo by Louise Mason

インディロックが瀕死の状態にあった2010年代イギリスにおいて、ファット・ホワイト・ファミリーが幾多の若者たちを触発し、サウスロンドンのバンドシーンの発火点となったのは今や誰もが認める事実だろう。シェイムやゴート・ガールやブラック・ミディはもちろんのこと、ラスト・ディナー・パーティでさえ、彼らがいなければ存在しなかったかもしれない。現在の英国インディの活況を用意したすべての始まり、それがファット・ホワイト・ファミリーである。

2010年代前半に登場したファット・ホワイト・ファミリーとは、様式化され、産業に飲み込まれたゼロ年代英国インディに対する反動だった。少なくとも、彼らの生々しくヒリついた演奏とカオティックなライブパフォーマンスはそのように人々から受け取られた。今やサウスロンドンのバンドシーンも成熟し、ある程度の様式化(スポークンワードとポストパンクを掛け合わせた音楽性など)が進んでいるが、ファット・ホワイト・ファミリーは現在もなお音楽性の硬直化から逃れ続けている。約5年ぶり、通算4作目となるニューアルバム『Forgiveness Is Yours』はフリージャズやシンセポップやボサノバやポストパンクなどが詰め込まれた、決して型にはまることのない、旺盛な実験精神に溢れた作品だ。バンド初期からの中心メンバーの一人、ソウル・アダムチェウスキーの脱退はほとんど影響がないと言っていいだろう。むしろこの新作は刺激的なサウンドと耳に残るメロディのバランスという点で、過去最高の充実度を見せている。

今回の取材に応えてくれたのは、バンドのフロントマンであるリアス・サウディ。以下の発言に目を通してもらえばわかる通り、彼はロックの「文化的な生命力=広く世間に影響を及ぼすような力」を愛している。だからこそ、かつてロックが「文化的な生命力」を持っていた時代のアイコンであるジョン・レノンに取り憑かれ、ロックの堕落した現状の象徴だと彼が考えているハリー・スタイルズやサウスロンドンのエピゴーネンたち、あるいは構造的にロックバンドを窮地に追いやっているストリーミングサービスに毒づかずにはいられないのだ。その語り口は知的かつ辛辣で痛快。以下の対話は、ファット・ホワイト・ファミリーというバンドの精神性やリアスの思想・哲学を理解する上で最良のテキストであると同時に、市井の知性による優れた現代社会批評としても楽しめる内容になっているだろう。




表現の根底にある「トラウマ」

―前作『Surfs Up!』(2019年)のリリース後、コロナのパンデミックが起きました。やはり生粋のライブバンドであるファット・ホワイト・ファミリーにとって、影響は大きかったですか?

リアス:パンデミックは、俺たちにとって一種の分かれ道だったと思う。ミュージシャンにとっては、いろんな意味で終末的な災難だった。酷い時期だったな。音楽業界のエコシステムの一部を形成する草の根的な小バコは、何処も吹っ飛んでしまったんだから。すでに死にかけてたところに、(パンデミックが)トドメを刺して、完全に死んでしまったんだ。

―ええ、多くのべニューが閉鎖したり、支援を呼びかけたりしていましたね。

リアス:ただ俺の場合、音楽は仕事の一部だから、コロナ渦では読書や執筆業を優先していたんだ。むしろ、人生で最も幸せな時期だった気がするよ。多くの人達にとって(パンデミックは)とんだ災難だったと思うけど、俺は何かしなきゃいけないっていうプレッシャーも特になく、リハビリに行くような気持ちで過ごしていた。ところが、パンデミックが終焉する頃になると、一部のバンドメンバーとはケミストリー的にも精神的にも合わなくなっていて。

―そして初期からの中心メンバーの一人、ソウル・アダムチェウスキーが脱退することになったと。あなたの言うとおり、最近は執筆業も精力的に行っていますよね。2022年には、『Ten Thousand Apologies: Fat White Family and the Miracle of Failure』という回顧録を出しています。

リアス:あれは浄化のようなものだったね。いつまでも(バンドで音楽を作るという)1つのやり方に固執する必要はないっていう。(バンドの歴史や自分の人生を)言語を使って遊ぶ大きなゲームに変換することで、ある程度「言語」から自由になれると思ったし、自分の居場所をもう少し明確に理解できるようになった。そして、惨めな場所から脱出することができたんだ。というのも、俺は大抵の場合は、苦々しく、不幸で、不安定で、極めてネガティヴで、自己否定的で、創造性において完全に閉所恐怖症のような人間関係に縛られていたから。あの本を書く過程で、俺は極めて不幸な人間だった自分を立て直したと同時に、ある不幸からは解放されたんだ。

―その閉所恐怖症的な人間関係というのは、ファット・ホワイト・ファミリーのメンバーとの関係のことを指しているのでしょうか?

リアス:何よりもバンドメンバー間の関係、それから私生活のあらゆる場面での人間関係を指している。音楽をやっていると、毎晩ステージに立つ1時間だけが人生のすべてで、それ以外の時間は、脳も、精神も、肉体もすべて無意味なんだ。その1時間だけは役に立つけど、その1時間が自分の人生における他のすべての時間を飲み込んでしまう。つまり、ブラックホールのようなもので、その空間では信じられないようなことが起こるんだよ。

―実際、ファット・ホワイト・ファミリーのライブは本当に強烈だと定評があります。

リアス:でも、読書や執筆業はそれとは正反対の知識を必要とするね。他人のアイデアに完全に巻き込まれなければならないから、基本的に、「共感」というある種の基盤なしにはできない。一方、アーティストとしての「ステージモード」では、とにかく絶対的な利己主義のようなものを生み出す。読んだり書いたりする時、エゴイズムはもちろん一部あるだろうけど、常に他人の考えやアイデアに浸ることなしには進められない。そしてそれ(執筆業)は、音楽を通した「永遠の幼児化」とは対照的に、ある種の「個人的な成長」を促すことができるんだ。



―ニューアルバムの『Forgiveness Is Yours』は、フリージャズやポストパンクやボサノヴァからボディミュージックやシンセポップまで、相変わらず豊富な音楽的語彙が詰まっていて圧巻です。音楽面で本作に何かしらの影響を与えたアーティストや作品はありますか?

リアス:この新作における音楽的影響は一切ない。今の音楽はもはやトラウマレベル過ぎて、聴けないね。俺は純粋に「沈黙の世界」の中で生きているんだ。聴こえてくる音楽は頭の中だけにある。というのも、(今の)音楽は深刻なほどネガティヴな感情を呼び起こすから。

―では、あなたたちがこのアルバムで音楽的に表現したかったことやトライしたことは何ですか、と訊かれたら?

リアス:あるメンバー(ソウル・アダムチェウスキー)の脱退後は、基本的に1stアルバムでやったようなことをやりたかった。例えば一部ライブ録音をしたりね。それから、1つのジャンルにこだわる必要もないと感じたし、できるだけ多くのメンバーからアイデアを集めた。だから、俺だけじゃなくて、うちの弟(ネイサン)も、ワン・マン・ディストラクション・ショーのアダム J. ハーマーも、アレックス・ホワイトも、そしてニック・ハートも曲を書いていて、大きな共同プロジェクトのような感じなんだ。そこには活力みたいなものがあると思う。俺はというと、集まったものをキュレーションするような役割で。今後もそういう感じで仕事をしていきたいと思ってるよ。

―新作に音楽的影響は一切ないということでしたが、音楽以外で影響受けたものはあるのでしょうか?

リアス:主に、自分の根底にあるものからインスピレーションを受けている。創作意欲の原動力となっているのは、自分が若かった頃の体験だよ。まあ、若い頃って言っても、アートスクールに通う前の話だけど……。アートスクールを卒業しても、ほぼ間違いなく就職できないだろ? 何らかの経済的支援がない限り、生活保護を受けるしか選択肢がないんだ。

―ええ。

リアス:イギリスの生活保護は、ジョブオフィス(職業安定所)と呼ばれるところで受けられる。最初の半年間は、2週間に1回の頻度で職安に通っていたんだ。でも、どんどんルールが厳しくなって、最終的には毎日足を運んでいた。で、しまいには「cat」の綴りをどう書くかとか、簡単な足し算を解くような、基礎的な習熟度テストを受けさせられるんだ。そういった屈辱的な試験の後は、強制的に与えられた仕事に就くんだよ。それで、ロンドンの国立海洋博物館っていう、船の歴史に特化した博物館に勤務していた。ここは、ロンドンで一番退屈な博物館なんだ。

―そうですか(笑)。

リアス:この博物館には初期の航海用時計を1,000個展示している部屋があって、俺はこの部屋に一日中立っていたんだ。毎日毎日、時計に囲まれた部屋で過ごすのが、俺の仕事だった。俺のクリエイティブな決断の裏には、あの時計部屋があるね。俺は政治的には保守派に否定的で、昔から社会主義者なんだ。でも、もしあの部屋で地獄のような体験をしなかったら、何かを成し遂げようという意欲はなかったかもしれない。もしかしたら、俺はあの地獄で「罰」を受ける必要があったのかもしれないな。これは15年くらい前の話だけど、俺の基盤みたいなものだね。

―なるほど。

リアス:それから、うちの父親が昔から俺の芸術活動に否定的で、非常にネガティブな人間だった。だから俺の頭の中では、自分が「失敗作」だっていう声が響いていて、それが自分の原動力にもなっていると思う。これ以外だと、最近では読書や散歩、サウナやスチームルームへ行くのが好きだね。

Translated by Keiko Yuyama

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