明日の叙景インタビュー J-POPとブラックメタルのその先へ

『アイランド』とJ-POPの名盤感

─『アイランド』が発表されてから1年半ほど経ちましたが、メンバーの皆さんにはどういった反応が届いていますか。

布:いまだに好意的な反応をいただいています。その理由として考えられるのは、まず、マニアックなところで影響力のある人たち、Rate Your Musicにいる人たちやSNSのインフルエンサーが取り上げてくださったこと。それからBandcampも大きいです。作品にジャンルのタグ付けをしていると、それがCDなりデジタルデータなりで1つ売れただけでもランキングが上がるんですね。それを見て人が集まり、上位をキープできるとさらに集まってくれる。そうやって、リスナー側の反応が一つ一つ積み重なり続けてくれたから話題になったのだと思います。

等力:そういう展開がメタルの外でも起こったのも大きいですね。日本でも海外でも。SNSで影響力のあるリスナーの方が紹介してくれる、というのが各国でそれぞれ局所的に起こっているんです。例えば、今年の1月に韓国で公演したのですが、お客さんやプロモーターの仲間たちが言うことには、韓国にもインターネット掲示板があって、そこでイケてる音楽インフルエンサーみたいな人が「明日の叙景が良い」と紹介してくれたみたいなんですね。これを聴けばお洒落なんだという雰囲気がネットで生まれた、だからみんな聴いてるんだと。というふうに、今回に関してはメタルの外での広がりが大きかったんだと思います。



─歌詞に対する反応はどうでしたか。自分はリリース直後にBandcampで買ったのですが、デジタル再生すると日本語詞と英語の訳詞が両方表示されるようになっていて。そこも取っ掛かりとして大きかった気もします。

布:英語詞は昔からメンバーで協力して出していましたね。英語が得意なメンバーが多いので、機械的でなくちゃんと曲に合わせた訳を出していて。ただ、確かに『アイランド』以降は海外でも歌詞への言及が増えています。その理由として考えられるのが、歌詞自体の作り方です。今までは、自分が書いたものをメンバーに見せたらそのままOKだったのですが、『アイランド』からは「これだと話のネタが分からない、何を主張しているのか分からない」という突っ込みを受けるようになって。そういうやりとりを重ねた結果、抽象的で詩的、婉曲的だった歌詞が、具体的になっていったんです。散文的な歌詞に挑戦してみたというか。そうすることで受け取りやすくなったからこそ、海外のリスナーからも「並行世界の8月32日に僕らを連れてゆく」みたいな名レビューが生まれたんだと思います。夏を感じさせる歌詞を具体的に書いたことで、そこからも物語を読み解けるようになったのもあるかも。音楽と歌詞とアートワークが三位一体になって情景を思い浮かべやすくなった、個人の体験に落とし込みやすくなったというか。

─確かにそうですね。そこにも関係する話ですが、聴いている方々の年齢層は把握されていますか。

布:基本的には、20代後半から30代前半ですね。自分たちと同じくらいの歳の人が多いです。サブスクやYouTubeを統計的に見る限りでは。それ以外は、若い世代よりも40代くらいの方が多いようです。

等力:統計を見るぶんには、単純に自分たちと同じくらいの世代に刺さってるんだなと思います。

布:個人的には、10代の人たちにもっと届いてほしいですね。

等力:年齢層についてもそうなんですが、個人的に意外なのが、メタルリスナー然としている人たちにも刺さっているということで。そういう人たちや上の世代の方々がCDを買ってくれてライブにも来てくれたりするのが、僕の中では目から鱗でした。

─個人的な印象でいうと、ギターヒーロー性みたいなのがやっぱり大きい気がしますね。一般的にブラックメタルにはギターソロがあまりないですが、明日の叙景には素晴らしいソロがある。例えばPolyphiaやChonは、メタル出身のバンドではあるけれども、メタルだとあまり認識せずに聴いている人も多いじゃないですか。そこら辺が橋渡しになって、明日の叙景にも繋がっている面もあるように感じます。

等力:それは自分も感じますね。PolyphiaやChonみたいなバンドが、Ibanezのギターでテクニカルなフレーズを弾くというオタク然としたスタイルをお洒落なものにしてくれたわけですが、『アイランド』もそれ以降の作品なんだなと思います。

─そういう文脈的なものも重要ですし、ボーカルやリズムセクションが素晴らしいことに加え、ギターが分かりやすく美しいメロディを弾いているのが本当に大きいなと思います。

布:最近のライブでは、昔以上に「リードギターを前に出してください」というのをPAさんにお願いするようになりましたね。今までは、全員の音を並列的に聴かせる、主役を作らないようにするのがバンドとして正しい形かなと思っていた時期もあったのですが、ボーカルとリードギターを前面に出して、主役というか前後感みたいなのを出さないと、初見の人は曲が分からないんじゃないかと思うようになりました。

等力:あと、アレンジも関係してますね。ギターは基本的に高い音域しか弾かず、そこでパート間の棲み分けをちゃんとしているというのもあります。『アイランド』を作るときも、メンバーの間で「ギターヒーロー感を出していこう」という話がありましたね。

齊藤:特に「キメラ」で。

布:そうそう。リファレンスで『ファイナルファンタジーⅩⅢ-2』の戦闘BGMと、ポルノグラフィティの「空想科学少年」を挙げて、このギターソロで!って(笑)。





─なるほど。別のインタビューで、『アイランド』全体のリファレンスとしてポルノグラフィティの『foo?』(2001年、「空想科学少年」も収録)を挙げていたのには、そういう意味合いもあったのでしょうか。

齊藤:“J-POP名盤感”とギターヒーロー性のリファレンスとして、ということですね。

等力:「キメラ」を作るときは特にそうだったね。それと「ビオトープの底から」を作ったことで手応えを感じて、アルバムを作るときに改めて“J-POP感”ってなんだっけという話をした。そこで「『foo?』って良いよね」という話が出たという流れですね。

─その“J-POP感”というのをもう少し掘り下げてお話しいただけますか。

等力:これ、以前は「捨て曲なしアルバムとしての“J-POP名盤感”」と説明してきたんですけど、2000年代のJ-POP、平成のJ-POPみたいなアルバムを改めて聴くと、アルバム通しての構成には結構ムラがあったりするんですね。でも、「J-POPのアルバムって全曲良い」みたいなイメージがあるじゃないですか。それで、藤井 風の1stアルバム(『HELP EVER HURT EVER』2020年)が全曲良かったんですね。これを聴いたときの衝撃が僕の中で大きかったんですよ。このアルバムって、歴史修正というか、「J-POPのアルバムって全曲良かったよね」みたいなことを打ち出している印象があって。



─よく分かります。昔のJ-POPアルバムは実は全曲良かったわけではないんだけど、このアルバムの完成度により、そういうイメージが後付けで生まれてしまったというか。

等力:そうです、そうです。椎名林檎の1st(『無罪モラトリアム』1999年)みたいに全曲良いアルバムも勿論あるんですけど、BOOK-OFFの250円棚で手に入るようなJ-POPのアルバムって、意外とムラがある。なので、2020年以降のJ-POP再解釈的な名盤みたいなのを作りたかったんだと思います。『アイランド』では。

あともう一つ、僕の中で大事だったのが「1曲目からはブチ上がらない」ということで(笑)。布さんが言っていた「J-POPのアルバムって、1曲目が地味だよね」というのもそうなんですけど、アルバム全体のイメージを掴みながらも、1曲目からキラーチューンというわけではない。そして、それが良い。最初に作った「臨界」でそれができていて、自分の中で「このアルバムいけるかも」という手応えがありました。

布:それこそポルノグラフィティの『foo?』もそうだし、THE BACK HORNの『リヴスコール』(2012年)なんかもそうかなと思う。2曲目でブチ上げるっていう。でも、最初はメンバー間でも意見が分かれたよね。等力なんかは「メタルのアルバムって1曲目からキラーチューンだよね」って(笑)。

等力:それは、Convergeの『Jane Doe』(2001年)は最初の2曲とそれ以降に落差があるんだけど、最初の2曲が良いから名盤なんだという話で(笑)。そういう「最初の2曲が良いから後はどうでもいい」という考え方もできて、実際「美しい名前」なんかはアルバム制作の過程でもう少し地味な曲になる可能性もあったんですけど、後半になって(齊藤)誠也が持ってきた「遠雷と君」のデモが素晴らしくて。そのメロディを聴いたときに、これを一番最後の曲にして、全曲名曲にしなくちゃダメだなと思ってしまったんです。僕の中での良いアルバムの基準って、全曲地味か、全曲神かのどっちかだなと思うんですね。それで、「臨界」で始まって「遠雷と君」で終わる曲順ができた。という経緯です。




─齊藤さんはどういった楽器で曲を作られているのでしょうか。

齊藤:発想はギターからですね。制作はCubaseで、自分でギターもベースも弾いて、ドラムも打ち込んで。「遠雷と君」は、“J-POP名盤感”という方向性に自分が乗るなら赤い公園みたいな感じかなと思ったので、赤い公園っぽいコード進行やメロディを作りました。それから、ブラストビート(※スネアドラムとバスドラムを高速で連打するエクストリームメタル奏法)で変なことをしたいというのもコンセプトとしてありました。

等力:「ブラストビートの脱権威化」というのもキーワードとしてありましたね。ブチ上げパートとしてのブラストビートって、もうやらなくていいんじゃないかというのがあって。この曲では、最初にギターソロが入るところで、ブラストもしているんだけど、金物のアクセントが8ビートになっています。そういうのが続いていって、最後にオーソドックスな8ビートが出てくる、というグラデーションを描きたかったんですね。

齊藤:幹の部分がそれで、枝葉としては、途中にはバスドラを抜いたブラストビートが出てきます。それを楽曲の中で活かすためにはこういう展開に組み込むのがいいな、みたいなことを考えて作りました。



─アレンジは皆さん全員が関わるのでしょうか。

等力:各々のパートは自分でやりつつ、最終的には僕がCubaseでまとめます。そこにメモを書き込んだりとか、Google Docsで「何分何秒の何小節目のここの音が要らないと思うんだけど」みたいなのを各メンバーに送って。

布:ボロカスに言われます。

等力:(苦笑)。「ボーカル直し資料」みたいなのをバンド外の人が見たらビビるよね。1曲につきA4用紙30枚くらいあったりする。『アイランド』では、ボーカルが主人公という感じで一番目立つ音量にしていて、リズムで曲を引っ張っていくことに気をつけていましたね。

布:一番はリズムだよね。ボーカルを楽器隊の一部と捉えて、バンドアンサンブルの中で心地よいリズム、フロウを作るということですかね。それと、変化をつけずに一貫性を持ってやっていくこと。高音と低音の使い分けとか吸いガテラルみたいな飛び道具は入れずに、シンプルに一つの声色でやっていこうという。

─それに関連して伺いたいのが、バンドアンサンブルとしてのリズム表現です。ブラックメタルというとどうしてもリズムが偏平でアクセントに乏しくなりがちですが、明日の叙景はそうなっていない。そういうグルーヴ作りとか休符の使い方みたいなことを、特にリズムセクションのお二人に説明していただきたいです。

関:自分は基本的には誠也が打ち込んできたデモなどを聴きながら考えているんですけど、メタルであることはあまり意識していないですね。『アイランド』では、J-POP感を意識するみたいな話もあったので、リズミカルなフレーズを入れてもいいよね、自分たちもそういうの好きだし、というふうにやっていきました。

齊藤:自分はそもそも、リズムとかアクセントをつけたくなっちゃうというのがあって。比較的メタル然としている「忘却過ぎし」などは、自分の中では抑えている意識があって、すごい我慢してアレンジした記憶がありますね。好みとして、やはり起伏のあるリズムにしたいというのがあります。



─メタル度とハードコアパンク度の配分、跳ねない質感と跳ねる質感のバランスみたいなことは考えていましたか。

等力:『アイランド』でいうと、そういったことを意識していたかはわからないですが、僕自身としては「踊れるアルバム」を作りたいというのがありました。家で踊れるアルバムを作りたい。コロナでそういう状況でもあったので。

布:等力はヒップホップが好きで、クラブに遊びに行くタイプでもあったし、誠也はドラムの師匠がジャズ系でそちら方面がバックボーンとしてある。

齊藤:そうですね。それから、リズムの起伏感でいうと、たぶんLUNA SEAのノリが相当染みついていると思います。バックビートが強い、乗るためのフレーズで作られている感じが。

布:メタル的な話でいうと、この中では関が一番聴いてますよ。

関:でも昔は全然聴いてなかったですよ。誠也とバンドを組み始めた頃でいうと、LUNA SEAやそのメンバーのソロ作をコピーしたりとか。J-ROCK的なやつですかね。THE BACK HORNは高校の頃にめちゃめちゃハマった。リズムという観点ではわからないけど、フレージングは影響が大きいかもしれないです。ベースラインがよく動いていて、裏メロ的な役割を担っていたりする。そういうのがすごい好きで、明日の叙景みたいな音楽でやりたいなというのはありますね。

等力:そうだよね。だから、メロディとかリズムなど細かい要素を見ていくとメタルじゃないんだけど、音作りとかテクスチャーは凄くメタルにこだわっている。サウンドプロダクションはメタルであることに保守的で、鉄板の機材を使ってメタルが培ってきたノウハウで作るんだけど、中身は別のことをやりたいな、というのはありますね。

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