KIRINJI『Steppin' Out』全曲解説 堀込高樹が語るポジティブなムードの背景

 
ポジティブなムードの背景

—『Steppin' Out』というタイトルは、昨年6月に配信された「Rainy Runway」の歌詞から持ってきたものですよね。あの曲が出たときのインタビューでも、高樹さんは「新しい一歩を踏み出す勇気」について語っていましたが、ずばり最新アルバムのテーマは?

堀込:作りながら考えていたのは、メロディアスな曲を増やしたかったのと、自分なりに明るいアルバムにしたいなと思って。だから先にタイトルを決めて、それにふさわしい曲を作っていこうと考えたんです。で、最初は「素敵な予感」というタイトルにするつもりだったんですよ。どこにでもある言葉だけど、意外と使われてないような気がして。

—同じ「Rainy Runway」の“新しい季節を生きよう/素敵な予感しかない!”というくだりから、ということですよね。

堀込:それから、アルバムのジャケットをイラストレーターのみっちぇ(亡霊工房)さんに手がけていただくことになり、どれを使おうかなという話になったときに……荒野のなかに未知なる物体があって、1人ポツンとそれを見上げている。このイラストで「素敵な予感」は違うかな、と思ったんです。それよりはこう……「Walk out to Winter」的な感じがするじゃないですか。それで、『Steppin' Out』がよさそうだとなりました。



—高樹さんがおっしゃる通り、“ほら、素敵な予感が湧いてきそうだよ”(「指先ひとつで」)、“必ずや上手くいくよ”(「説得」)などポジティブな言葉が目立ちますが、そのモードはどこからやってきたんですか?

堀込:昨年から弾き語りツアーを始めまして。その高揚感で気持ちが上向きになったまま制作に入ることができたのが大きいと思います。肉体的にも精神的にもエンジンがかかった状態で、調子がいいまま曲作りに取り掛かることができた。あとはコロナも落ち着いてきたので、社会のムードもそうだし、自分自身もシフトチェンジしたいという気持ちもありました。


Photo by Mitsuru Nishimura

—アルバム全体で、サウンド面ではどんなことを意識しましたか?

堀込:KIRINJIはここ数年で編成も変わってきたし、「時間がない」「killer tune kills me」で知ってくれた人たちは、ああいう曲調が好きで聴いていると思うんですよ。そこでいきなりジャズとかカントリーっぽいもの、ディープなものをやりだすと「あれ、変わっちゃったな」と思われかねないし、KIRINJIがどういうものか掴みにくくなりそうな気がして。それで、シグネチャーサウンドとまではいかないけど、(引き続き)ソウルっぽい要素を印象付けるために「Runner’s High」や「Rainy Runway」といった曲を作ったところはあります。「指先ひとつで」も70年代っぽいサウンドだけど、小森くん(小森雅仁:エンジニア)が現代的な音像にミックスしてくれているからレイドバックした感じには聞こえないはずで。

—新レーベル『syncokin』設立に寄せたコメントで、「新しい音楽も古い音楽も取り込んで、今の音楽として響かせよう」と書いていましたよね。「Rainy Runway」のインタビューでも「書く曲そのものを劇的に変えたいわけではないのですが、(中略)オーセンティックな演奏だけど新鮮に感じられる、そういう落とし所をアレンジやミックスなどで模索しているところです」と話していました。

堀込:そうそう。『cherish』で打ち込みとかダンスミュージックっぽい音像に振り切ったあと、千ヶ崎くん(千ヶ崎学:Ba)と一緒にミックス作業をしているときに、「昔のキリンジでやっていたようなサウンドも、ミックスのバランスや音像次第で今のものとして機能するんじゃないか」という話をしていたんです。それは今回も改めて意識しました。「nestling」や「I ♡ 歌舞伎町」もそうだし、「Runner’s High」は過去の曲でいうと「冬来たりなば」みたいなシンベ(シンセベース)を使ったソウルに近いんだけど、音像や曲の構造はちゃんと新しくなっている。アルペジオで始まり、パッドが入って、「ハウスっぽい曲なのかな」と思ったらドラムが入って、また抜けて、そこから曲が始まるというダンスミュージックっぽいイントロにして。さらに、曲(歌メロ)が終わってからも先がある。

—最近のKIRINJIはタイトにまとめる傾向が続いていたなか、1曲目から6分強の長尺というのも新機軸ですよね。曲終盤のゴスペルっぽい展開も新鮮でした。

堀込:イントロを長くするなら、エンディングも長くしないとバランスとしておかしいじゃないですか。だから、ファンクに突入するのがいいかなと思って。宇多田ヒカルさんがフローティング・ポインツと一緒に作った曲(「Somewhere Near Marseilles ーマルセイユ辺りー」)は前半がAOR的だけど、後半はハウスっぽくなっていきますよね。1曲のなかでフェイズが変わっていくのが面白いなと思って。曲調そのものは全然違うけど、構造的にはあの曲を少し意識しています。




—“どこまでもいけそう”というフィーリングが歌詞からも伝わってきますが、そのなかに“新しいスタジアム 切り倒された街路樹/鏡の国は scrap and build”というフレーズがあったのも気になりました。

堀込:渋谷の再開発も進んで、 自分が知っていた渋谷駅とは随分違うものになってきました。横浜駅とかも訪れるたびに変わっていて、こういうのが永遠に続くんだろうなって。そうなると迷子になりがちだけど、自分を見失わないようにしようねってことですね。

—“太陽が脱皮する/今日の日が始まる/身体中の血が駆け巡っているんだ”というくだりで、「Almond Eyes」の“身体中の血が集まってきてる”を思い浮かべたりもしました。

堀込:ああ、そうか。でも今回は健全ですから(笑)。

 
 
 
 

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