屋代陽平が語る、YOASOBIの発足から戦略、不変のオタク精神と仲間の存在

クラシック、メタル、アニソンとの出会い

―屋代さんのカルチャーの原体験をお訊きしたいんですけど、今のご自分を見たときに、ウェイトが大きいと思う体験って何ですか。

屋代:4歳の時にピアノをヤマハ音楽教室に習いに行っていて。練習はめちゃめちゃ嫌いだったんですけど、ピアノを弾くこと自体はもう自分の生活の中で当たり前になっていたんです。コンクール金賞を目指すってほどではないけど、学校でピアノをやってる人の中では上手い方で、合唱大会や卒業式で伴奏を任されるみたいな。中途半端な自己肯定感というか承認欲求が満たされるような感じで、ピアノに対しては小さな成功体験みたいなものはあったので、自分の中で音楽はすごくポジティブなものって位置づけでした。小学生になってアニメとか音楽番組を通してJ-POPを聴いて、TSUTAYAで流行りのCDを上から借りてみたいなことを数年やってたんですけど、あるときTSUTAYAの店頭で、ポイントを貯めたら、ぶ厚いディスクガイドみたいなものをもらえたんですよ。

―ああ~! ありましたね!

屋代:洋楽なんかまったく聴かなかったのに、そのディスクガイドを読みながら気になるものをTSUTAYAで借りて聴くのを中2とか中3ぐらいにやって。その頃、アコースティックギターを買ってもらって、『Go!Go! GUITAR』っていう雑誌を見ながら弾き語りを趣味でやっていたら、モノクロページに「ギタリスト列伝」みたいな連載があって。それがイングヴェイ・マルムスティーンの回だったんですよ。「ネオクラシカルというジャンルを切り開いた男」っていうフレーズになぜかグッときちゃって(笑)。その足でTSUTAYAに行ってイングヴェイのアルバムを借りてきて聴いたら「これはすごいな。なんなんだろう?」と。どうやらヘヴィメタルというジャンルらしいって。そこからメタルに傾倒するようになったんです。チルドレン・オブ・ボドムとか、アーチ・エネミーとかメロディック・デスメタルが自分の性に合っていて、めちゃめちゃ好きになった。大学の軽音サークルに入ってメタルをやってたんですけど、たまたま最初に組んだコピバンのまわりの友だちがみんなゴリゴリのアニオタだったんですよ。



―へえ~!

屋代:1回目のサークルのライブでも、「アニソンのコピーをやろう」って。僕の意見はガン無視で決まっちゃって(笑)。そのときに「残酷な天使のテーゼ」「創聖のアクエリオン」とか「God knows...」(「涼宮ハルヒの憂鬱」挿入歌)とかをやったんです。エヴァンゲリオンも創聖のアクエリオンも知っていたんですけど、「涼宮ハルヒの憂鬱」って知らなくて、曲をやるからにはと思って観たら、そのまま深夜アニメにハマってしまって、一気にアニソンと声優さんを追っかけるようになったんです。ときを同じくしてVOCALOIDかとかニコニコ動画もガーッと来ていたので、ニコニコ動画で「アイマス」(アイドルマスター)とか東方Projectとか同人音楽に触れているうちにボカロにも出会って、そこのカルチャーにどっぷりハマって、というのが幼少期から学生時代までの音楽遍歴です。



―それが今のお仕事に繋がっているわけですね。

屋代:そうですね。ボカロリスナーとして聴いていて出会ったのがAyaseだし、結果今のYOASOBIにすべて結びついていますね。ファンの方とのエンゲージメントの作り方もそうです。声優オタクをやっているうちにTwitterの中に新しい人格ができて、全国各地にもうめちゃめちゃ友達ができて。遠征して、みんなで飯食って酒飲んでっていうような生活をずっとしていたんです。それが今のTwitterアカウントの運営にも多分生きてるし、そういうコミュニティに向かって「こういうものを投げ込んだら広がるだろうな」とか、逆に「こういうのは嫌われるだろうな」っていうのはある程度肌感覚があるので、それは今に活きています。

―遠征ってことは、ライブとかの現場には結構行ってたんですか?

屋代:めちゃめちゃ行ってました。一番行っていたのは声優さんのライブ。アニメ作品のイベント、同人イベント、コミケ的なもの、細かいものを含めると年間250本とか行ってました。今もアイドル現場に行くことが多いので、あんまり生活は変わってないですね(笑)。

―凄い。屋代さんはギャンパレ(GANG PARADE)のファンだという情報を聞いたのですが、今もライブを観に行ったりしているんですか?

屋代:基本ツアーは行けるときは全部行ってますし、リリースイベントとかも行きます。



―昔から一緒にギャンパレのオタクをやってる仲間からしたら、「屋代くんがYOASOBIを担当していて、誇らしい!」みたいな気持ちもあるんじゃないですか?

屋代:いや、それはどうかわからないですけど(笑)。でもYOASOBIのことも好いてくれているギャンパレのオタク友だちもいて、ライブを観に来てくれたりしますね。

―いいですね、そういうオタク友だちって。

安田:なんだかんだで10年弱一緒にいたりする友だちが多いので。それは原体験としても自分の人生を豊かにしてくれてると思います。共通の趣味はあるけど世代も環境も全然バラバラで。多分学校で会ったら友だちになってない人たちがほとんどなんですけど、1つの好きなものを介して友人関係になれていて。音楽アーティストがその中心にいるっていうのは素晴らしいことだと思います。YOASOBIも誰かにとってそういう存在になればいいなって思いますね。

―そんな目線でライブを楽しめる感性がバリバリあるのが、信頼できるなって思います。

屋代:幸いにもそういう気持ちをまったく失わないでここまで来れたので。そういう人間としてアーティストに言えることって多分あると思うんですよね。そこは大事にしてるし、アーティストたちもそういう人間として僕のことを見てくれているので、言葉にも説得力があるのかなって思います。

―YOASOBIをはじめ、ご自身が担当されてるアーティストたちにどんなことを期待していますか。

屋代:頑張って良い曲を作って発信し続けながら、インプットも欠かさずにして欲しいなと思います。放っておいてもいろんな情報が入ってくる中で、しっかり良いものを摂取して栄養にしてもらえたら、多分10〜20年後も活躍できると思うので。

―YOASOBIは今後どんな展開を考えてますか。

屋代:8月に「Head In The Clouds Los Angeles」出演でLAに行ったり11月にコールドプレイ来日公演のゲストアクトをやらせてもらったり、海外の方に知ってもらう機会が徐々に増えてきています。ただ、海外に進出していきますと言うよりは、J-POPがどこまでいけるかということにチャレンジをしていきたいという想いです。J-POPというからにはまず日本人に愛されるべきだし、その状態で、その現象自体が面白いって海外の方から言っていただくことで、J-POP自体の裾野が広がることに全力を尽くしたい。だからやることはあまり変えず、とはいえ今「アイドル」という新しい武器を得てやれることは間違いなく増えているので、そこから逃げずに1つ1つにトライしていきたいと思います。


Photo by Mitsuru Nishimura

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編集:Hiroo Nishizawa(StoryWriter)、Takayuki Okamoto
企画協力:Kazuo Okada(ubgoe Inc.)

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