デペッシュ・モードが今も愛され続ける秘密 後世のカルチャーに与えた影響を再検証

 
最新作『Memento Mori』、アウトサイダーを祝福する福音

アンディ・フレッチャーの死後、マーティン・ゴアとデイヴ・ガーンが完成させた最新作『Memento Mori』は、サイケデリック・ファーズのリチャード・バトラーを4曲で共作相手に迎えるという意外な動きはあったが、彼らが培ってきた世界に大きなブレはない。近作で聞かせてきた重量感があるテクノ・サウンドを基調にしながら、彼らにしてはポップな部類の「Ghosts Again」や、80年代の楽曲を思わせる曲調にギターが乗る「Never Let Me Go」も違和感なく収まっている。「My Favourite Stranger」や「Speak To Me」の質感の荒らし方、「Always You」のシンセの処理などは、恐らく前作『Spirit』(2017年)に続いて制作に当たったジェームス・フォード(ゴリラズ、アークティック・モンキーズ他をプロデュース)の存在が効いているのではないか。


左からマーティン・ゴア、デイヴ・ガーン(Photo by Anton Corbijn)

メンバーがインタビューで語っている通り、タイトルの『Memento Mori』は「自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな」というラテン語の警句。しかし“死”のトーンがことさら強調された感じでもなく、マーティン・ゴアの「このmemento moriという言葉を『悔いが残らないよう、毎日を精一杯生きる』っていう、より前向きな意味で捉えているんだ」という発言も踏まえて本作を聴きたい。決して明るいアルバムではないが、ジェームス・フォードがソングライティングにも貢献した終曲「Speak To Me」にしても、ほのかに希望をにじませる柔和さが窺える。

歌詞を見ると、脚韻を踏みながら詩的にイメージをまとめている「Ghosts Again」などは、リチャード・バトラーの色が強めに感じられて新鮮。それはそれで味わい深いが、むしろマーティン・ゴアが単独で書いた曲の、抽象性を帯びながらも即効性がある歌詞に目が行く。冒頭から反戦を訴える「My Cosmos Is Mine」は、実は本作の一番最後、ロシアがウクライナへ侵攻した直後に書き上げたそう。しかし言葉を突きつける対象を名指しするような伝統的メッセージ・ソングの形を取らず、普遍的な想いの強さが浮き彫りになるような作りになっている点がいかにもデペッシュ・モードらしい。人間性善説を俎上に乗せた「People Are Good」も言葉数が絞られている分、まるでブルースの詞のように切っ先が鋭く単刀直入。言葉がビートに乗って、スコンと頭に入ってくる。

「Always You」の歌詞にはパンデミックの影を感じるが、ここでのデイヴ・ガーンのボーカルは本作の白眉では。そうした時代背景を切り離しても長く聴けそうな、エモーショナルな名曲に仕上がった。リズムやアレンジでかなり遊んでいるが、メロディメイカーとしてのマーティンの魅力が堪能できる1曲だと思う。




さて、先述のNOAHのコメントでもうひとつ印象的だったのは、デペッシュ・モードと聴き手との間に生まれる特別な“関係”を言語化していたこと。このグループが根強く支持され続ける秘密を、簡潔な言葉遣いで的確に言い表していて感心させられた。

「彼らの音楽には、より深いつながりを促す何かがあったのです。彼らは普遍的な感情を、共感しやすい形で語っていました。(中略)彼らの曲には、人生よりも大きなものに感じられるものがありましたが、その根底には、疎外感や孤独感、真実を伝えるタイミング、至福の追求など、私たちが共感する日常の葛藤が語られていました」

それはそのまま、『Memento Mori』に収められた12曲にも当てはまるのでは、と筆者は思っている。

型通りなポップ・ソングでは埋められない空虚さを抱えてきた人々にとって、心の暗部に語りかけ浸透してくるデペッシュ・モードの詞・曲は“福音”だった。冒頭で触れたスピーチで、シャーリーズ・セロンが彼らの魅力を説明した言葉も忘れられない。

「彼らはアウトサイダーを祝福しているのです。彼らの音楽は、さまざまな人生を歩んできた人たちをひとつにまとめ、〈人と違っていてもいいんだ〉という気持ちにさせてくれます」

セロンは常人では考えられないほどハードな10代を過ごしたことで知られているが、そうした特殊なライフストーリーを持っていない彼らのファンでも、きっと頷ける言葉ではないだろうか。多様性が重視されるようになる遥か以前から、拠り所のない魂を何十年も受け入れ続けてきたデペッシュ・モードが、「限りある人生の残りの日々を寄り添って歩いて行こうぜ」と促してくれる……『Memento Mori』の包容力をそんな風に読み取って、繰り返し聴いている。




デペッシュ・モード
『Memento Mori』
配信リンク:https://depechemjp.lnk.to/MementoMori

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