ミシェル・ヨーが語る、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』に巡り合うまでの物語

エヴリンという女性を偏見なしに描くこと

取材終了前に、ヨーはエヴリン・ワンの歩き方を見せてくれた。彼女の歩き方は、19世紀の中国の農夫や皇族のようでもなければ、宇宙船の乗組員またはエイリアン、あるいは詠春拳の達人のようでもなかった。デモンストレーションのために、彼女は立ち上がる必要さえなかった。「エヴリンは途方もなく疲れていると思うんです」と彼女は話す。「多くの女性がそうであるように、彼女は多くのストレスを抱え、家族と子供たちを守るために身を粉にして働いているので」。最初は釣竿のようにピンと伸びていた彼女の背中は、徐々に折れ曲がっていく。肩が下がり、腕さえも重そうで、まるで世界の運命が自分の背中にのしかかっていると言わんばかりに、ヨーは席についたまま体をよじるような動きをしてみせた。輝きを徐々に失っていく瞳は遠くを眺めているようでありながら、実際にはぼんやりとした自身の内側を見つめているのかもしれない。だが次の瞬間、その目には生気が宿り、表情がパッと輝いたかと思うと、彼女は子供のように手を叩いた。注文したスパイシーマルガリータがようやく届いたのだ。

クワンやシャイナートと初めて会った時、ヨーは2人の脚本を気に入ったことと、その役を演じるつもりがあることを伝えた上で、ひとつだけ条件を提示した。「主役のキャラクターは、元々ミシェルという名前だったんだ」とクワンは話す。「他の名前にするっていうのが出演の条件で、僕らはそれに応じた」

ヨーはそれが事実であることを認めている。「劇中で誰かがミシェルって口にするたびに、スクリーンには私の姿が写るわけだけど、それって水を差すんじゃないかと思ったんです。ミシェル・ワンとしてのミシェル・ヨー、ミシェル・ヨーが演じるミシェル・ワン……みたいな」。筆者は自分が劇場で着席していて、劇中で誰かが「ミシェル」と叫んだ時の様子を思い浮かべた。客席を見渡せば、観客はこう言わんばかりの表情を浮かべていることだろう。「ミシェル・ヨーってこんなに歳食ってたっけ?」

彼女は思いきり笑った後で、単に自意識過剰で名前を変えるように頼んだわけではないことを強調した(マルチバースのひとつでは、エヴリンは世界的なアクション映画のスーパースターだが、ヨーが現実の世界でレッドカーペットを歩いた時の映像を用いているわけではなく、彼女は大いにドレスアップしてそのシーンの撮影に臨んだ。ウォン・カーウァイの映画でグラマラスなセレブレティとして描かれるヨーの姿を思い描いたことがあるファンにしてみれば、それは想像が現実になった瞬間だったはずだ)。エヴリンのように毎日を生きるのに必死になっている女性たちを讃えること、それが彼女の目的だった。クレイジーなシナリオや奇想天外な展開、あるいは「香港映画の黄金期を追体験しているような気分になれる」規格外の格闘シーンも厭わなかった彼女が何よりもこだわったこと、それはエヴリンという女性を偏見なしに描くことだった。


(c)2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.


左からステファニー・スー、ミシェル・ヨー、キー・ホイ・クァン (c)2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

「そのためには、より明確に区別できたほうがいいと思ったんです」。そう言って、彼女はカクテルを多めに口に含んだ。「この世界に生きる人々は甘やかされがちです。世間から注目されることに慣れているから」。彼女はフラッシュを焚く音を真似たり、リムジンから出てきてファンに向かって手を振る仕草をした。「私は日常的に体を鍛えています。エヴリンにとってのそれは、近所のスーパーで食材を買ってきて、それを持ったまま階段を上ることです。彼女には美容室に行き、ハイライトか何かを入れるような時間もお金もありません。彼女が身につけているウィッグは、髪のことを気にする余裕がないというステートメントです。私たちの衣装デザイナーは、チャイナタウンで2ドルで売っている服をたくさん買ってきました。エヴリンが着ているのはそういう服だから。彼女が着ている赤や深紅は、中国では幸運の色とされているんです。エヴリンならきっと、そういう色の服ばかりを選ぶと思うんです」。ヨーはカクテルを再び口にした後で、冗談混じりにこう言った。「ミシェルなら、ああいう色を着て人前には出ないでしょうから!」

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』で、気鋭の新進女優や少林寺拳法の使い手、指の長い進化した恋人、ピニャータエヴリン(意味を訊ねたら負け)など、様々な役を演じるのを楽しみにしていた一方で、何よりもヨーを惹きつけたのはごく普通のエヴリンだった。超人的な女性キャラクターなら、彼女のIMDbのページにいくらでもリストアップされている。語られることのないごく平凡な女性、それこそがヨーがまだ演じたことのない役だった。

「当初の脚本では、ジャッキー(・チェン)が主役として想定されていたんです」と彼女は明かす。「キー(・ホイ・クァン)が演じた役、あれは元々ジャッキーを意識していたんです。私は彼のことを尊敬していますし、彼はこういうコミカルな役も得意です。でも、彼は過去にそういう役を何度も演じていますから。私は誰も観たことがないような作品に携わりたかった。彼ら(ダニエルズの2人)が修正を加えた後の脚本を読んで、これなら絶対にやりたいと思ったんです」

「それは自分のキャリアのためだけではありませんでした」とヨーは続ける。「私は自分が途方もなく幸運であることを自覚しています。運命が導いてくれるなんて、私は信じません。何かを掴むには努力しなくてはならず、努力すればするほど幸運が舞い込んでくるんです。幸運を味方につければ、チャンスは自ずと訪れます。努力しない人のところには、機会は回ってきません。その一方で、必死で頑張ったにも関わらず、チャンスに恵まれない人もいます。エヴリンは、それを形にする機会をようやく手にしたんです。無数の宇宙が存在するなかで、彼女はある特定の宇宙に生きている。それがどれだけ素晴らしいかということを、私は彼女に気づかせるお手伝いをしたと思っているんです」

From Rolling Stone US.




映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(略称:エブエブ)
大ヒット公開中!
監督:ダニエル・クワン ダニエル・シャイナート『スイス・アーミー・マン』 
出演:ミシェル・ヨー、キー・ホイ・クァン、ステファニー・スー、ジェイミー・リー・カーティス
(c) 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.  
配給:ギャガ
公式サイト:https://gaga.ne.jp/eeaao/

Translated by Masaaki Yoshida

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