スティーヴ・レイシーが体現するクィアなZ世代らしさ、TikTokヒットが生み出す新たな問題

 
TikTokヒットが生み出す新たな問題

「Bad Habit」がTikTokヒットとしてユニークなのは、ダンスチャレンジなど特定のテーマからバズったわけではなく、ユーザーがそのサウンドを自由に取り入れている点にある。この曲と一緒に今日のコーディネートを披露する人もいれば、その日に何をしたのか撮影した動画のBGMに使う人もいる。また、スピードアップしたバージョンがTikTokでバズったため、Sped Up(既存曲のスピードを上げ、音程とテンポがアップされたもの)も公式リリースされた。



一方で「Bad Habit」のヒットは、TikTok人気に迎合することが、音楽にとって本質的に良いことなのかという議論を巻き起こしている。

昨年10月頃、「Bad Habit」のライブ動画が英語圏のTwitterで大騒ぎになった。最前列にいる観客は「Bad Habit」のワンフレーズしか歌えず、他のヴァースでシンガロングを促しても沈黙。「TikTokでバズった箇所だけ知ってて、それ以外は興味のない人」が争奪戦となったチケットを入手していることに、ファンはSNS上で怒りとショックを露わにし、音楽メディアもこの出来事を「事件」として大々的に取り上げるなど、TikTokヒットの新たな問題が浮き彫りとなった。

SNS強者たちは「スティーヴ・レイシーが今イケてる」と気づくと、TikTokやインスタなどで「『Bad Habit』生で見た!」みたいな投稿をするためだけに最前列を陣取ってしまう。彼らはコンテクストの上澄みのみを消費しているだけで、アーティストに対するリスペクトは微塵も感じられない。



他にも、ツアー中の公演で様々な「事件」が発生した。ライブ真っ最中のスティーヴにファンが使い捨てカメラを投げつけると、それに怒ったスティーヴがカメラを叩き壊し、そのまま退場したこともあった。またあるときは、MC中にファンが「お母さんに『こんにちは』と言って!」と叫んだら、スティーヴはその声に対して「黙ってくれる?」と言い返した。これらのフッテージもTikTokに投稿され、瞬く間に炎上していった。

@katloveshellokitty this was so unexpected #stevelacy #giveyoutheworldtour ♬ original sound - kat


これらは、Z世代のリアリティとSNSがシームレスにつながって「今」を作り上げている状況から生まれる、新しいライブカルチャーとも言える。それこそ自分も、わざわざライブの瞬間までBeRealで撮影するのを待って、「フェスなう!」みたいなノリで楽しむ人を幾度となく見かけてきた。要は、そのライブに居合わせることがファッションの一環であり、「自分の友達に見せたくなる」ステータスシンボルでもあるのだ。

ただ今回は、スティーヴ・レイシーの知名度が一気に高まったことで、昔から応援してきた熱心なファンですらチケットを買えないような争奪戦となったうえに、そのチケットが高額転売されたことが大きな問題となった。さらに、ツアーを組んだ時点ではここまで爆発的なヒットにはなるとは予測しておらず、現在の人気とは釣り合わないベニューをブッキングしてしまったことも、今回のような混乱を生む原因となってしまった。

ここで大事なのは、アーティストにとって何が本当に「良い人気」なのかを再認識することだ。実績も才能も備えたスティーヴ・レイシーのような人が、「TikTokアーティスト」として認知されることで、本当に彼の音楽を愛する人たちがライブに行けなくなるという構造的な問題が生まれつつある。TikTokがアーティストの発掘に大いに貢献していること、新たな音楽がかつてないスピードで生まれるイノベーションの現場になっていること、新たな音楽との出会いの場になっていることが、非常にポジティブな要素であることは間違いない。ただ一方で、このような「アーティスト/曲の表層的な消費」が生まれる原因の一つにもなっており、「音楽の新たな楽しみ方」とどう向き合うべきか考える必要がある。

スティーヴ自身もミーム画像に添えて「サビの2行目以降なんて知らないよ」とインスタに投稿したり、楽屋の壁に(カメラではなく)パンを投げつけた動画をTikTokに上げたりすることで状況を揶揄し、「TikTokヒット」以降のファン層に対する不満を露わにしている。彼はまた、「誰にも謝罪する筋合いはありません」と前置きしたあと、「私はリアルな感情を持ち、リアルな反応をするリアルな人間です。製品でもロボットでもありません。私は人間なんです」という誠実なメッセージを発信している



スティーヴ・レイシーは、第65回グラミー賞授賞式における注目アーティストのひとりでもある。彼は最優秀レコード賞と最優秀楽曲賞の主要2部門を含む、計4部門にノミネートされている。R&Bやインディーロックといったジャンルに収まらず、サウンドの分類を超越しながら評価されているのは快挙といえるだろう。2019年のデビューアルバム『Apollo XXI』でもノミネートされているが(最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム賞)、今回は主要部門へのノミネートということで重要性は格段に増している。このように、SNSがきっかけでチャートの上位を占めたり、知名度が爆発的に伸びたアーティストがグラミーでも評価される流れは今後も続くかもしれない。

スティーヴは最近のインタビューで、「このアルバム(『Gemini Rights』)の成功によって、『これで僕もアーティストの仲間入りだ』という気分になれた。以前はアーティストとしての居場所がどこにあるのかわからなかった。はっきりとした答えを見出せずにいたんだ。僕が無関心、あるいは世間知らずだっただけかもしれないけれど」と語っている。前例にとらわれない音楽の作り方、ジャンルに縛られることのない多様な表現、そしてメンタルヘルスとの向き合い方やクィアな男性としての「自由」な生き方は、今後の音楽業界にとっても、音楽カルチャーを愛するリスナーにとっても、重要な変化を起こしていくきっかけとなるだろう。



スティーヴ・レイシー来日公演
2024年2月14日(水)、15日(木)東京・立川ステージガーデン
サポートアクト:TENDRE(2/14)、STUTS(2/15)
2024年2月16日(金)大阪・Zepp Osaka Bayside
詳細・購入:https://www.creativeman.co.jp/event/steve-lacy_2024/


スティーヴ・レイシー  
『Gemini Rights | ジェミニ・ライツ』  
配信中
購入/試聴リンク: https://SteveLacyJP.lnk.to/GeminiRights 

 
 
 
 

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