リトル・シムズ、孤高のラッパーが『NO THANK YOU』に込めた内省とパンク精神

 
「奇妙さ」の背後に宿るパンク性

同時に、これらの曲が戦闘的なムードによってコーディネートされているわけではない点にも注目すべきだろう。むしろ重要な効果を発しているのは、ゴスペルやソウルの要素である。本作はほとんどの曲において奇妙な展開を見せるが、中でも「No Merci」や「X」の構造は特段興味深い。跳ねたビートやプリミティブなリズムで幕を開けるそれらの曲は、次第にソウルミュージックの荘厳さが顔を出し、気がつくと私たちはエレガントなシムズ・ワールドに飲みこまれてしまう。

その魔法が最も際立っているのが、すでに多くの評者が今作のハイライトとしてセレクトする「Broken」。7分半にも及ぶこの曲は、聖歌隊の声がループされる中で多彩な音色が絡み合い、聴く者をシルキーな感触で包み込む。スポークンワード風のラップで伝えられるパーソナルなストーリーは“Feel you’re broken and you don’t exist”“It shouldn’t be a norm to live your life as a tragedy”という嘆き――「自分が壊れているように感じる、自分が存在しないように感じる」「人生を悲劇として生きることは当たり前のことではない」――であり、人種差別がシムズを苦しめていることをほのめかす。「21歳、ほとんど資金を持たずにロンドンに降り立った...27歳、21歳に戻ろうとする...だって何も変わらない、支払うべきものはたくさんある」。



つまり、本作はシムズの内省と怒りをまじえた正直な告白をそのままのサウンドでぶつけることを避け、幾分にも蛇行しながらエレガンスを振りまく。自身の主張を決して“激しさ”や“粗さ”といったサウンド指向としてのパンク性に還元するのではなく、あくまでスタンスとしてのパンクを貫くのだ。だからこそ、シムズの音楽性は直接的でも扇動的でもなく、ただただ孤高である。たとえばそのラップスタイルをとっても、USの最近のラッパーと比較すると(訛りはあるが)聴き取りやすく、崩したラップでありながらも数年前にマンブルを経由した上でのUSスタイルの崩しとは決定的に異なる。当然、K-POPを中心としたきびきびとしたラップスタイルとも一線を画す。シムズのラップは、シムズでしかない。どんなビートを起点にしようとも、最終的には必ずソウルやゴスペルの要素を絡めつつイギリス伝統の品性を表現する手法においても、現行のラッパーの追随を許さない。『NO THANK YOU』には、その見事な奇妙さを背後から支える、真のパンク性が宿っている。

気の早いメディアは、プレビューにシムズの名を加えぬまま記事をアップする。シムズは歌う。

“My life is a blessing/But it comes with the stresses/And I can’t take it all/Just don’t let me down/When I’m in the fire”

「私の人生は祝福されている/しかしそれはストレスが伴う/すべてを受け入れることはできない/私を失望させないで/私が火の中にいるとき」




リトル・シムズ
『NO THANK YOU』
配信リンク:http://littlesimz.ffm.to/nothankyou

 
 
 
 

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