リトル・シムズ、年間ベストを席巻した「2021年の最高傑作」を2つの視点から考察

リトル・シムズ(Photo by Nwaka Okparaeke)

 
昨年、海外の音楽メディアや批評家筋から最も賞賛を集めたアルバムは、英ロンドンのラッパー、リトル・シムズ(Little Simz)の通算4作目『Sometimes I Might Be Introvert』で間違いないだろう。世界の各種年間ベスト・チャートを数値化し総合ランキングにまとめている「metacritic」「AOTY」でも堂々の1位。なぜ同作はそこまで高く評価されているのか? 音楽評論家の高橋健太郎と、1月28日に単著『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』を刊行するつやちゃんのクロスレビューをお届けする。


1. 自身の中にある英国的なものと向き合うために
高橋健太郎

リトル・シムズの『Sometimes I Might Be Introvert』。実を言うと、僕はちょっと出遅れちゃったんですよね。原因はイントロダクション。アーミーっぽいマーチング・ドラムに始まり、壮大なオーケストレーションとコーラスも加わって、映画っぽい始まり方をする。この冒頭の1曲が6分以上もある。ん〜、今回は大作主義っぽい? そう思って、じゃあ、時間ができた時にゆっくり、と置いておいたんです。世間で評判を呼んでいるのを横目で見つつも。年の終わり頃になって、ああ、2曲目から聴けば良いんだ、と気がついて、それからリピートするようになった。

リトル・シムズを知ったのは、振り返ると、2014年の『E.D.G.E.』というダウンロードのみのEP。バックグラウンドの情報などは得ぬまま、聴き始めたのだけれど、好き勝手にやってる若々しい才気に惹かれた。女の子だけれど、ちょっとオタクっぽくもある。曲ごとに、グライム系のそんなに有名じゃないプロデューサーを起用しつつ、ミックスはほとんど自分でやっていた。ノース・ロンドン在住のアフリカン(ナイジェリア系)と知ったのは、だいぶ後だった。

当時から現在まで、リトル・シムズは自身のAge 101 Musicから音源をリリースしている。アメリカのヒップホップ界からもラヴコールを受け、ビッグネームとの共演が増えてきても、あくまで自身の皮膚感覚に忠実に、あと、自分ちの近所で作品を作っている感じがする。彼女のアルバムには一貫して、ヘヴィーなベース・サウンドがあって、それはレゲエ〜ダブ〜サウンド・システム的なものの歴史を想起させる。ロンドンのベース・カルチャーが脈打っているようだ。


『E.D.G.E.』収録曲「The Hamptons」

2曲目以後をリピートするうちに、『Sometimes I Might Be Introvert』でもそれは変わりないと思うようになった。プロデューサーのディーン・ジョサイア・カヴァー(インフロー)は今や、アデルの新作のプロデューサーの一人だったりするが、リトル・シムズとの関係性は近所の兄貴っぽい。実際、二人が知り合ったのは彼女が9歳の時で、家族同士の付き合いがあるそうだ。インフローはバイオや写真の露出を意識的に制限しているようだが、もともとはドラマーで、過去のソウル・ミュージックやファンク、ラテンなどに相当、精通していると思われる。DJ的なセンスもありそうだ。

インフローがプロデュースしたリトル・シムズの前作『グレイ・エリア』以来、もう一人、重要な協力者となったのが女性シンガーのクレオ・ソルで、彼女はインフローとともにソー(Sault)というユニットをやっている。ソーもまた匿名性が高い活動をしているが、2019年から2020年にかけては、『5』、『7』、『Untitled(Black Is)』、『Untitled(Rise)』という4枚のアルバムを立つ続けにリリースした。ソーの音楽はラテン・グルーヴが強く香り、最初の2枚は80年代のニューヨークのガール・グループ、ESGを多分に意識したように思われるが、続く2枚はもう少し時代をが下って、90年代のニューヨリカン・ソウルを思わすようなプロダクションになった。また、『Untitled(Rise)』のラストに収められた「Little Boy」という曲は、クレオ・ソルの2021年のソロ・アルバム『Mother』の伏線となる1曲だった。

『Mother』は一児の母となったクレオ・ソルが発表した、ピアノ弾き語りを基調とする真摯なシンガー・ソングライター作品で、その端緒がソー名義で発表した「Little Boy」だったのだ。『Mother』の作風は70年代のキャロル・キングを思わせる。ゴスペル風のバッキング・コーラスやリズムのラテン・フレイヴァーなども含め、こんなにキャロル・キングを彷彿とさせるアルバムに出会ったのは久しぶりだった。




クレオ・ソルを以前から知る人にとっては、彼女がそんなシンガー・ソングライター作品を作るのは驚きだったかもしれない。10年ほど前にダンス・ポップを歌って、アイドルっぽく売り出された過去を持つからだ。だが、彼女のバックグラウンドは複雑で、ルックスからはそう見えないが、父親はジャマイカン。母親はスペインとセルビアの血を引くという。育ったのはウェスト・ロンドンのラドブローク・グローブで、ディープなレゲエ・コミュニティーにも接していたようだ。リトル・シムズとの結びつきにも、そんな背景があるのかもしれない。

そのクレオ・ソルのヴォーカルをフィーチュアした「Woman」が『Sometimes I Might Be Introvert』の2曲目。彼女のメロディー・センスが発揮された曲と言っていいが、そこで僕は60年代のとあるグループを思い出してしまう。ロータリー・コネクションだ。ヤン富田のカバーでも知られる名曲「Memory Band」が頭をよぎる。




ロータリー・コネクションはミニー・リパートンが在籍した知る人ぞ知るコーラス・グループだが、アルバム『Sometimes I Might Be Introvert』でロータリー・コネクションのことを思い出すのはこの1曲だけではない。中盤の「Little Q」(3パートからなる組曲)あたりは、まさしくロータリー・コネクション的な世界観だし、その他にもコーラス・アレンジやストリングス・アレンジにロータリー・コネクションのアレンジャーだったチャールズ・ステップニーの手法を思い起こす瞬間が多い。

インフローとクレオ・ソルがソーでやってきたことを思えば、これはかなり意識的な参照だろう。そういえば、ロータリー・コネクションの再評価の決定打となったのは、先述のニューヨリカン・ソウルによる「I Am The Black Gold Of The Sun」のカバー(1997年)だった。


 
 
 
 

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