ワイズ・ブラッドが語る、破滅的変化の時代に生まれたバロック・ポップ

 
多岐にわたる音楽的ルーツについて

―本作は美しいメロディーと素晴らしい歌唱でいっぱいのアルバムです。でも、実のところ、あなたは10代半ばから長らく音楽を作り続けてきましたが、おもしろいことに、かなりの年月を前衛的なノイズ音楽だったり、ハードコア・バンドで叫んでいたり、と過激な音楽をやっていたんですよね。そして2011年にソロ活動を始め、2016年のアルバム『Front Row Seat to Earth』から、今のような美しいメロディーを歌うシンガー・ソングライター的な音楽を作るようになりました。そのスタイルの変化は何がきっかけで、どのように起こったのでしょう。

ナタリー:いつだって美しい音楽を作る方が自分に合っていたと思うけど、私は実験的な音楽を開拓することを楽しんでいた。限界に挑んで、表現の形式をどこまで広げていけるかをね。そして、そのことで社会に起きていることを表現していた。私たちはポスト=モダンの世界に、そしてポスト=ポスト=モダンの世界に生きていたから、どこまで行けるのか、ラディカルでいようと努めていた。そんなわけで、ラディカルな側の表現に惹かれていたの。でも、ある時点で、ある種保守的にやる方が、美しくノスタルジックな音楽を作ることがラディカルなように思えるようになった。ノイズ音楽やそういった音楽シーン全体に起こっていること、それに従う風潮への反発としてね。だから、ここまでは風変りなジグザグの旅だったのよ。

―お父さんがサムナー(Sumner)というニューウェイブ・バンドで、1980年にエレクトラ/アサイラムからアルバムを出した音楽一家の出身ですね。いろんな音楽を聴いて育った?

ナタリー:そうよ。父のお気に入りのバンドはXTCだった。それに、ウェザー・リポ―トやスティーヴィー・ワンダー、母はジョニ・ミッチェル、それにルイ・アームストロングからジュディ・ガーランドまで、何でもかんでも聴いていた。だから、私はたくさんの興味深い音楽を耳にすることができた。XTCを聴けたことには感謝している。後で振り返って初めて、彼らがお気に入りのバンドだったなんて、父も本当に変わっていたなと思った。


The Quietusのインタビューによると、好きなXTCのアルバムは『English Settlement』

YouTubeで観られるヴィデオで《自分が書きたかった曲》に、ホーギー・カーマイケルの「スターダスト」を選び、ああいったスタンダード曲の時代を超えたメロディーの持つ力について語っていました。

ナタリー:間違いなくね。あの頃はメロディーと歌詞が手と手をとっていたみたい。そしてハーモニーはその歌の語っている感情のようなのね。



―新作の収録曲を聴いていて、ニルソン、ローラ・ニーロ、ジュディ・シルなどが頭に浮かびましたよ。

ナタリー:ああ、そうね。

―彼らのような60~70年代のシンガー・ソングライターを聴きこんだ時期もあるんですか?

ナタリー:ええ。ハリー・ニルソンは聴きこんだわ。ローラ・ニーロにも夢中になった。彼らをとても高く評価している。それ以前のポップ音楽とは違っていた。ニルソンはティン・パン・アリーの影響を受けながら、どこか異なっていたし、ローラ・ニーロはモータウンなどよりも、それ以降のソウルのようだわ。

―ええ、彼女はソウルとブロードウェイとフォークといろんな音楽のミックスでした。

ナタリー:そして、ジュディ・シルは「キリストとアシッドの出会ったフォーク」みたいな(笑)。私にはそれが意味を成すの(笑)。彼女の音楽は気の合う心の友のような存在よ。





―信心深い家庭だったとか。

ナタリー:ええ、キリスト教徒として育てられた。

―教会の音楽に影響されました?

ナタリー:そう思うわ。聖歌隊でよく歌った人間としてね。つまり、古い音楽に興味を持つ人には、神のために作られた音楽は避けられない。西洋文化ではその頃に作られた音楽のほとんどは神の名前のもとに作られたんだから。とりわけグレゴリアン・チャントとか、古楽、合唱音楽などは、神様に向けられた音楽ね。聖歌隊にいるだけでもたくさん耳にしたけど、私の父は礼拝のリーダーを務めていたから。でも、それは90年代のクリスチャン・ロックだった。宗教音楽だけど……。

―サウンドは現代的なコンテンポラリー・クリスチャン・ミュージックだった。

ナタリー:そうそう。

―今の音楽の路線になって、まだ6年ほどであることを考えると、前作や新作で素晴らしい歌唱を聞かせていることに驚きです。その歌手としての急速な成長はどのように成し遂げられたんでしょう?

ナタリー:とても幸運にもツアーに出かけられるようになった。ツアーが意味するのは、毎晩舞台で歌うってことね。歌声は筋肉みたいなもので、毎晩使うことで鍛えられる。それと、カラオケですごく練習した。実はカラオケがもっと良い歌手になる助けになったのよ。本当の話よ(笑)。私は元々良い声を持っていたと思うけど、ちょっと粗いところもあった。でも、いったん自分に練習を課して、カラオケでスタンダードや好きな歌を歌って、それらを習得したら、自分の歌声が満足できるところまできたの。そして今の私は、荒れた時期もあった年月を経て、そういった過ぎ去った日々の現実の体験も糧にして、その歌声がずっと良くなったのよ。

―カラオケの得意なレパートリーを教えてもらえます?

ナタリー:よく歌ったのは、エタ・ジェイムズやエラ・フィッツジェラルドなどだけど、好きな曲なら何でも。ドゥーワップも。ベン・E・キング、プラターズ……(カントリー歌手の)パッツィー・クライン、タミー・ワイネット。文字通りあらゆるスタイルの歌唱に手を出してみたわ。サウンドガーデンの曲にまでね(笑)。



―かつては自宅や小さなスペースで録音していたと思いますが、この2作では大きなプロフェッショナルのスタジオ、ビーチ・ボーイズの『Pet Sounds』などが録音された伝説的なスタジオ、イーストウェストを使うようになりました。

ナタリー:いや、前作は違うスタジオだったの。今回初めてイーストウェストを使った。

―あ、そうなんですか。いずれにせよ、いろんな楽器編成の編曲を試せるし、音楽の作り方にも影響しますよね?

ナタリー:大きな空間のスタジオで録音して、その部屋のサウンドをとらえるのはクールだわ。イーストウェストはとても特徴的なサウンドを持っているから。

―そんな編曲についてですが、音楽は勉強したんでしたっけ?

ナタリー:ええ、1年勉強したわ。音楽を楽譜にすることに熟練しているわけじゃないけど。実際に身に着けたのは漠然とした理解で、自分の強みは即興とハーモニーについての生まれ持った感覚ね。だから、必要なときは他の人に楽譜にしてもらうことが多いけど、(そういった編曲が)とても魅惑的だとわかった。

―編曲面で影響を受けた人はいますか?

ナタリー:今回はドリュー・エリクソンを起用したんだけど、(過去の)編曲家に関して言えば、ジャック・ニッチは素晴らしかったわね。すごい作品をたくさん残している。



―プロデューサーのジョナサン・ラドー(フォクシジェン)とはどのように共同作業を進めたのですか?

ナタリー:私の共同作業のやり方は、まず曲から始め、ミュージシャンに来てもらって、完璧なライブ・テイクをとらえようと努める。そのなかのすべてが私たちの求めるとおりになっているように。それから、その構成部分をとりだして、テープマシーンにかけて、ちょっぴり壊すの。そのままだと純粋で奇麗すぎるから。そのなかの生と死のバランスをとるのよ。

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ジョナサン・ラドーとの制作風景

―前作もそうでしたが、あなたの作品には映画的な感覚が大いにある。映画音楽が好きなんですね。

ナタリー:ええ、そうよ。サウンドトラックは大好き。私はずっとインスト音楽に親近感を抱いてきた。感情を表現するためのパレットがあって、メロディーでとても多くのことを語れる。私は歌詞が大好きだし、フォーク音楽も大好きだけど、インスト音楽にも同じくらいに潜在意識が反応するの。クラシック音楽の大ファンというわけではないので、サウンドトラックは現代的な耳と古典的な作品の素晴らしい出会いの場でもあると思う。

―お気に入りのサウンドトラック・アルバムのトップ3を選んでください。

ナタリー:いいわよ。『シャイニング』のサウンドトラック。(完成版の映画では結局使われなかった)ウェンディ・カルロスのものね。(同じキューブリック監督の)『バリー・リンドン』のサウンドトラックも大好き。内容は素晴らしいクラシックの名曲集だけどね[*チーフタンズのアイリッシュ・トラッドも使われている〕。『グラン・ブルー』のサウンドトラックも大好きよ。フリー・ダイバーの話ね。ヴァンゲリスの『ブレードランナー』も。




 
 
 
 

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