レナード・コーエン「ハレルヤ」はなぜ名曲に? ラリー・クラインが語る吟遊詩人の普遍性

レナード・コーエン(Photo by Michael Ochs Archives/Getty Images)、『ヒア・イット・イズ:トリビュート・トゥ・レナード・コーエン』

 
ボブ・ディランとも比較されるほどの詩人にして小説家、そしてシンガー・ソングライター、そのレナード・コーエン(Leonard Cohen)が旅立ってそろそろ6年が経つ。それでも、いまなお世代を問わず、彼への敬意が弱まることはない。むしろ、小舟が荒海に漂っているような不安な現代だからだろうか、かつてなく彼の歌に救いを求め、祈りを託したくなる。

『ヒア・イット・イズ:トリビュート・トゥ・レナード・コーエン』は、コーエンを讃えるばかりか、そんな時代の気分さえも映し出す素晴らしいトリビュート・アルバムだ。アルバムの実現に向けて尽力したプロデューサーのラリー・クライン(Larry Klein)にZoomで話をきいた。クラインは、コーエンの友人でもあり、かつてはジョニ・ミッチェルと公私ともにパートナーとして活躍し、ハービー・ハンコックと一緒にジョニを讃えた『リヴァー〜ジョニ・ミッチェルへのオマージュ』でグラミー賞の最優秀アルバムを受賞した経歴の持ち主でもある。


『ヒア・イット・イズ:トリビュート・トゥ・レナード・コーエン』参加アーティスト(収録順、L→R)
(右下)ラリー・クライン
(上から1段目)ノラ・ジョーンズ、ピーター・ガブリエル、グレゴリー・ポーター、サラ・マクラクラン
(2段目)イマニュエル・ウィルキンス、ルシアーナ・ソウザ、ジェイムス・テイラー、イギー・ポップ
(3・4段目)メイヴィス・ステイプルズ、デヴィッド・グレイ、ナサニエル・レイトリフ、ビル・フリゼール
Photo by Jayson Vaughn, Shervin Lainez, York Tillyer, Erik Umphery, David Doc Abbott, Rog Walker, Kim Fox, Norman Seeff, Ross Halfin, Myriam Santos, Derrick Santini, Danny Clinch, Monica Jane Frisell



―素晴らしいアーティストたちが集まりましたね。どういう風にアーティストや曲を選んでいったんですか。

クライン:レナードの曲の中でも、人気のある曲、いわゆるクラシックの多くが初期の作品だったりするが、それだけでなく、彼の後期の曲にもスポットを当てたかったんだ。初期に引けをとらない、強力な楽曲ばかりだからね。遺作となった最後のアルバム『ユー・ウォント・イット・ダーカー』(2016年)でのレベルの高さをみればそれはわかると思う。ぼくはそこにも光をあて、それまでとは違うレンズを通して、彼の作品をみせると同時に、キャリア全てを網羅する幅の広さを持たせたかったんだ。

―幕開けを飾るノラ・ジョーンズの「スティア・ユア・ウェイ」も、『ユー・ウォント・イット・ダーカー』からですものね。

クライン:彼女にこれはどうだろうと提案した時、彼女は曲を知らなかった。でも、彼女は、あの曲の真意を理解してくれた。つまり、「スティア・ユア・ウェイ」の歌詞のダークなまでに美しく、深く、そして広がりのあるポエムをね。アルバムの幕開けに相応しいと思えた。ここから扉が開き、アルバムの世界に聴き手を誘う、そんな1曲になるんじゃないかとね」。

―まさに、現代という荒波にSteer Your Way(舵をとり、進む)と。

クライン:その通りだ。それと、曲とシンガーとの組み合わせを決める上でいちばん大事にしたのは、そのシンガーがどれほどその曲を深く感じているか、ということだね。その曲が血となって身体に流れ、歌わねばならないのだという思いに駆られるかどうか。




―そういった意味では、皆さん、全身全霊を傾けてコーエンの作品に挑んでいるように思えます。例えば、「ハレルヤ」のサラ・マクラクランにしても、ジョン・ケイル、ジェフ・バックリィ、ルーファス・ウェインライト、k.d.ラングと多くの人たちが歌ってきた名曲中の名曲だけに、大役だったろうと推測されますが。

クライン:あれはやるのが怖かった。きみが言ったようにありとあらゆる人にカバーされてきたからね。だけど、最終的にはあの曲を避けるわけにはいかない、もしもやらなかったら、それは逃げることになる。逃げるべきではないと思った。だけど、誰が歌うのが良いのかわからずにいたとき、サラだったら、いまの彼女の曲として受け止め、しかも正しく歌ってくれるだろうと直観した。実は、この曲のカバー・バージョンの多くは、幸福感に溢れすぎているか、大袈裟すぎるか、いろんな理由から個人的にはあまり好きになれなかったんだ。あれは、ある意味深い悲しみを歌った歌だ。レナードも、その思いは一緒だった。だから、何処か哀しみの淵から歌われるような、そんな世界を目指したかった。ところが、「ハレルヤ」という言葉が印象に残るせいもあって、「ハレルヤ!(神を褒めたたえよ!)」、「ああ、なんて素敵な、幸福感に満ちた曲なんだ!」と思いがちだ。だけど、神、あるいはなんと呼んでもかまわないが、この宇宙に於ける神聖なる存在に語りかけようとするとき、人は失意の底から語らなければならない。これは、『旧約聖書』でも謳われていることであり、実際、レナードは詩編51からそのアイディアを借りている。つまり、人が神に赦しを求めて懇願することができるのは、その人間が失意の底から、誠実に悔い改めるときだという考えさ。




「ハレルヤ」原曲とカバーをまとめたプレイリスト

―語りかけるような独特の口調と言い、歌詞の世界と言い、イギー・ポップの「ユー・ウォント・イット・ダーカー」の素晴らしさにも圧倒され、彼以外には考えられないよう人選だと思われました。

クライン:子供の頃から大ファンだったんだ。彼の音楽はもちろんだけど、常識を超えることを恐れない姿勢も大好きだった。いまもそれは変わらないよ、彼の詩へのアプローチには、いつもある種のダークさが含まれていると思う。そして「ユー・ウォント・イット・ダーカー」という曲は個人的にとても深い意味を持つ曲だ。初めてあのアルバムを聴いてから2週間近く、あの曲が頭から離れなかった。あの曲だけを何度も何度も繰り返し聴いていたくらいだ。彼が向ける視線、世界の悲劇、そしてこの世界に生きる人間であることの悲劇的な側面としてしか表現できないもの、起きること、人々が互いに相手に対してとる行為、想像を絶するような悲劇、そこから意味を見出そうとすることについて、その洞察はとても明確で説得力のあるものだった。それを歌うには、イギーの声がピッタリだと思った。彼に曲を提案したが、彼はこの曲は知らなかったようだ。もちろん、レナードのことは知ってたけどね。それでも聴いてすぐに曲の真意を理解し、やりたいと答えてくれたんだ。



 
 
 
 

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