ポール・ウェラー2作連続全英1位 ザ・スタイル・カウンシルの精神とも通じる新境地

「円熟の境地」と攻めのスタンス

続く「Failed」では、一転してかなり個人的なテーマが歌われる。

「とても怒ってる曲なんだ。妻と大げんかした直後に書いた曲だったんでね。でも気に入っているよ。正直な気持ちだからね。僕がいつもこういう気持ちでいるっていうんじゃなく、こういう時もたまにはあるってこと」

「Cobweb / Connections」と同様に、矛先が向けられるのは自分自身。セラピーのようにも思える内容だが、この曲もウェラーのお気に入りだそうだ。初期のザ・ジャムのメンバー、スティーヴ・ブルックスがスライド・ギターで客演しているのも嬉しいところ。



「Moving Canvas」はスワンプ風のパーカッシヴなロックだが、意外にもイギー・ポップをテーマにして書いた曲だという。

「僕から彼へのトリビュートだ。サウンドは全然彼っぽくないけれど。彼がこれまで作ってきたレコードはどれも最高だということを抜きにしても、一人のパフォーマーとして存在そのものがハイ・アートだ。イギーに関するあらゆることについての曲さ」

「あちこち擦り切れた、動くキャンバス」という視点でイギーというアーティストを描写していく手法は、これまでの作品には見られなかったユニークなものだ。



再びアコースティック・ギターがフィーチャーされる「In Better Times」は、今人生の辛いことを経験している若い子たちに向けて「彼らに僕から大丈夫だよと言っている」曲。「今を乗り越えれば、いいことが絶対に待っている。あとになって振り返ったら、きっと違う目で見ることができる」という言葉には、アルコール依存を克服したウェラーならではの重みが感じられる。歌詞の語り口も非常に切実……具体的にこの歌詞を届けたい相手がいるのかもしれない。



そしてラストに置かれた「Still Glides The Stream」は、コードとメロディをウェラーが書き、それにスティーヴ・クラドックが歌詞をつけ……と、やり取りをスマホで繰り返しながら作った曲。クラドックが書いた、社会の日陰で静かに暮らす主人公のキャラクターをイメージしながら、ウェラーが情感豊かに歌う。日本では『ラークライズ』が翻訳されている作家、フローラ・トンプソンの小説からタイトルをもらったそうだ。この曲について、Twitterで行なわれた本作のリスニング・パーティーでウェラーは、こんな風に説明した。

「スティーヴが何を考えてこの詞を書いたのかはわからないが、僕は僕らの街で働く移民労働者についての物語として形成した。そして、その人がこの国に来るまでの人生を想像してみたんだ」

「外国人が我々の仕事を奪っているという話を聞くと、笑わざるを得ないね。具体的にはどんな仕事だい?! 道路清掃、ゴミ収集、病院の補助スタッフ、交通監視員といった、現実には誰もやりたがらないような低賃金の仕事ばかり。しかし、これらの仕事や人々は私たちの社会に不可欠な存在であり、私たちは彼らに感謝すべきだ」

これも「That Pleasure」と共に、このアルバムの柱となる曲。壮大になり過ぎないアレンジの匙加減が見事で、シンガーとしての魅力がうまく引き出された、終曲に相応しい仕上がりになっている。ライヴが再開されたら、間違いなく目玉のひとつになる曲だろう。



先述したxsnoise.comのインタビューで、ウェラーはこんな興味深い発言をしている。

「僕はいつも、その時にやっていることや次にやることに興味があって、それはザ・ジャムの頃からずっと続いている。僕の姿勢はいつも『いいレコードができたから、次の作品に取り掛かろう。ちょっと変わったものを作ってみよう』というものだった。それはいつも僕の中にあるものだけど、歳を重ねるごとに、いろいろなことを試したり、何がうまくいくか様子を見たりすることに慎重ではなくなってきているように思う」

この「慎重さ」についての発言、古くからのファンほど唸ってしまうのではないか。自ら“イン”とするものの幅を狭め、厳格に定義して活動しているように見えたかつてのウェラーとは別人のように、近作では「こんな曲もやるの!?」と驚かされることが増えた(プロデューサーのカイバートや、娘のリア・ウェラーから刺激を受けている部分がかなり大きいようだ)。しかし、単に何でもやるようになった訳でもない。同じインタビューで、ウェラーは「スタイル・カウンシルにも似たような精神があったが、その頃の僕にはヴォーカリストとしても、ミュージシャンとしても、それをうまく成し遂げられる能力がなかった」と続けている。つまり、キャリアを重ねて円熟の境地に達した今なら『Fat Pop』のような作品をやり切れる、という自信があってこそのアルバムなのだろう。

ウェラーはTwitterで「このアルバムの後にもう1枚作るかどうかは、今のところ何とも言えない」とつぶやいていたが、止まったら死ぬタイプの音楽家であることを如実に証明した本作は、誰よりもウェラー自身を激しく刺激しているはず。これがラスト・アルバムなどという事態は心配する必要がなさそうだし、彼のスマホはすでに新曲のアイディアで満杯だろう。




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