『マイルス・デイヴィス クールの誕生』監督が語る、「帝王」の人間像とBLMとの繋がり

マイルスのストーリーと今日のBLMとの繋がり

―作品中には、マイルスが経験した黒人差別の問題も描かれています。あなたはこれまでもそういった問題を取り上げた作品を作られてきたわけですが、マイルスのストーリーと今日のBLMとの繋がり、という点で意見をお願いします。

ネルソン:今はとても大きな時期にいると思う。マイルスのストーリーの中で一番悲しく、重要だったのはジャズクラブの前で白人警官に殴打された事件の時、マイルスが成功の絶頂期にいたということだ。ジャズ・アルバムとして最大のセールスをあげた『カインド・オブ・ブルー』が出た直後で、アルバムは各レビューでも大絶賛だった。そのマイルスが一服しようと出たクラブの外、自分の名前の看板も出ているのに、そこで殴打されたわけだ。それが何をマイルスに物語っていたか。それはアメリカに生きている限り、100%黒人への人種差別から逃れることは出来ない、という事実だ。それはそこに存在する。どれほど成功し、名声を得ようとも、それを乗り越えることはできない。その問題は常に“自分を抑え付けるもの”としてそこにあるというのが現実だ。

あの事件はマイルスに生涯ずっと影響を及ぼした。白人警官に殴られたことだけでなく、アメリカの現状という意味でだ。マイルスが育った家庭は裕福だった。しかし南部のイースト・セントルイスでだ。そこから想像できるであろう、すべてのことは差別の的になってきた。そして仕事ではトップに立った。フェラーリを乗り回し、美女と付き合い、様々な称賛を浴びた。でもその警官にとっては意味がないことんだ。「だからなんだ?」と。言いがかりをつけ、殴りつけた。アメリカではその警官にそうする権利があるということなんだ。

―だからパリをとても愛した、と描かれていましたね。

ネルソン:そう、マイルスだけじゃない。多くのアフリカ系アメリカ人のミュージシャン、アーティストがヨーロッパや日本、つまりアメリカ以外を訪れると、その違いを実感する。もちろんある種の人種差別は存在するだろうけど。アメリカで感じる、常に頭の上を押し付けられているようなものとは明らかに違う。


Courtesy of Eagle Rock Entertainment

―日本のマイルス・ファンへのメッセージをお願いします。

ネルソン:ぜひ映画館に観に行っていただきたい。これまでとは違うユニークな作品になったと自分でも誇りに思える1本だ。試写会のあと、マイルスの遺族である息子(エリン・デイヴィス)と甥(ヴィンス・ウィルバーン)が私のところに来て、「マイルスが観れていたら、とても喜んだだろう」と言ってくれた。私にとっては、それ以上の誉め言葉はなかった。マイルスを喜ばせられたなんてね。驚きもたくさんあると思う。映画を作ってきて40年だが、持てるすべてを注ぎ込んで製作した作品だ。

本当なら、私も日本に行って、映画の封切りに立ち合いたかった。それだけが残念だ。日本は行ったことがないので、とても楽しみにしていたんだ。映画の封切りを祝い、観客の皆さんと一緒に観ることができたら、この映画にとってこれまでで一番のハイライトになるはずだった。でも今はこういう状況なのでどうすることもできない。ただ、日本のマイルス・ファンが楽しんでくれることを願っているよ。観た感想もぜひ聞かせてほしいね。

※7月29日、Zoomにて取材。通訳:丸山京子




『マイルス・デイヴィス クールの誕生』
監督:スタンリー・ネルソン
出演:マイルス・デイヴィス、クインシー・ジョーンズ、ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、ロン・カーター、ジミー・コブ、マーカス・ミラー、マイク・スターン、カルロス・サンタナ、ジュリエット・グレコ etc.
配給:EASTWORLD ENTERTAINMENT 協力:トリプルアップ
日本語字幕:落合寿和 2019年/米/115分
2020年9月4日(金)、アップリンク渋谷・吉祥寺ほか全国順次ロードショー
日本公式サイト:https://www.universal-music.co.jp/miles-davis-movie/

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