『マイルス・デイヴィス クールの誕生』監督が語る、「帝王」の人間像とBLMとの繋がり

『マイルス・デイヴィス クールの誕生』制作秘話

―作品の制作期間はどのくらいでしたか?

ネルソン:2年くらいかな。そのうち半分の1年間は編集室にこもっていた。これは映画の編集期間としてはとても長い方だと思う。週に40〜60時間、それを56週間ぶっ通しでやった。もともと私はドキュメンタリー映画は編集室の中でこそ生まれると信じているので、編集には時間をたっぷりかける。だから最初からそれは予定していたことだ。映画が完成してから「ここをこうすれば良かった」とか「こう変えたかった」と思うのではなく、作れる限り最高の作品を作りたかったんだ。だってこれはマイルス・デイヴィスの映画だよ。映画を作れることだけでも光栄だったが、私個人としても、ちゃんと正しい仕事をすることが重要だったんだ。

―作品中にはマニアも初めて目にするような貴重なプライベート映像や写真が数多く出てきます。権利処理も大変だったでしょうね。

ネルソン:そう、大変だったしお金もかかった。でも私としてはある限りの映像や写真にすべて目を通し、その中からベストなものを編集したかった。どうやってお金を捻出するかは、作り終えてから考えようと思った。製作会社から何度も言われたのは、「(作品の中で使用する曲は)20曲に絞り込んで、その中でどうにかしてくれないか?」ということだった。でも私は、それは無理だと言った。「それを決めるのは音楽だ。我々はそれに従うだけだ」と。マイルスの音楽を出来る限り反映させたかったんだ。最終的に62曲を使用したよ。私はストーリーを語りたかったんだ。単に『ビッチェズ・ブリュー』から1曲選び、『カインド・オブ・ブルー』から1曲選び、それに合わせて映画を作っていく、というのではなくて、伝えたいストーリーに合わせて映画を作る。音楽はそのストーリーを語るのに欠かせないものだったからね。


『クールの誕生』(1949-50年)、『カインド・オブ・ブルー』(1959年)、『ビッチェズ・ブリュー』(1969年)と、10年おきにジャズの歴史を更新する決定的名盤を生み出したマイルスは、ビバップからクール・ジャズ、ハード・バップ、モード・ジャズ、フュージョン、ロック、ヒップホップに至るまで、あらゆる音楽の革新者となった。

―制作でもっとも苦労した点はなんでしたか?

ネルソン:マイルスのセリフかな。俳優のカール・ランブリーにマイルスの言葉をマイルスの口調で語ってもらったわけだが、非常に重要な役だった。マイルスとして自らのストーリーのナレーションをするわけだからね。それがこの映画のユニークな部分だと思うし、成功した理由でもあると思う。

でもそうなる前には、実は別の計画だった。最初に話をしたのはマイルスの自伝の共著者であるクインシー・トループだった。あの自伝はクインシーがテープレコーダーを回し、マイルスと何時間を喋ったものを本にしたものだ。42本ものテープがあり、それぞれが1時間以上あった。そのテープを入手し、半年くらいはそこからマイルスのセリフを作ろうとした。実際に彼が喋っているわけだからね。しかし、そもそもそういう風に使用される目的で録音されたテープではなかったので、録音状態がひどかった。バックでラジオやテレビが流れていたり、ドアベルが鳴ってハンバーガーの配達が届き、むしゃむしゃ食べ始めたり(笑)。それでもマイルス本人の声だから、これをなんとかできないものかと努力したんだ。テープのノイズやバックの音を除去してくれる所を探し、3カ所違う所に出した。でも帰ってきたものはどれも使える代物じゃなかった。それで結局諦め、言葉はマイルスの自伝やインタビューから採用するが、カール・ランブリーにマイルスを演じてもらうことに決めた。マイルスの声にそっくりで、本当にいい仕事をしてくれたよ。

―本当にマイルスそっくりでした。インタビューで答えるミュージシャンたちも、決まってマイルスの声を真似て喋っていましたね。

ネルソン:そうなんだ、おかしかったよ。インタビューを始めて、マイルスの話になると皆決まって、あのダミ声で喋り出すんだ。それで途中からは、「マイルスの話の時は口調も真似てくれ」ってお願いするようにしたんだ。逆にマイルスの声で喋らないと変な感じがしてしまって……それくらい、マイルスのダミ声は特徴的だったからね。映画を観れば、なぜあの声になったかも分かる。あの声もマイルスの一部だったわけさ。

―ジミー・コブ、ジミー・ヒース、ウォレス・ルーニー、フランシス・テイラーと、あなたがインタビューした後に亡くなってしまった登場人物が4名もいますね。

ネルソン:4人に会えて、話をしてもらえたことは本当に良かったと思う。その時は4人とも、とても元気そうだった。フランシスは驚くほどの素晴らしい女性だったね。もしこれから映画を観る人がいたら、ぜひフランシスに注目してほしい。 とっても楽しい人でね、正直に包み隠さず、いろんな話をしてくれた。フランシスだけじゃなく全員が素晴らしかったよ。でも人は死んでいく。ウォレスは新型コロナウイルスが原因で命を落とした。そうやって人は亡くなっていくんだ。そんな中でこうやって必要な人たちを集め、彼らにそのストーリーを語ってもらえたことを誇りに思う。彼らの前に座り、話を聞けたことはなんて光栄なことだったのか。ジミー・コブの『カインド・オブ・ブルー』での演奏を私は何度聴いたことか。それこそ何千回と聴いている。ジミー・ヒースもウォレスも、フランシスも。私にとって彼らをインタビューできたことは光栄だったが、同時に重責も感じていた。彼らに見合った正しい評価をすることの責任をね。彼らのストーリーを語ることはとても大切さを考えると、重荷に思えることもあったよ。

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