マドンナ ミュージックビデオベスト20:監督が明かす制作秘話

マドンナ ミュージックビデオベスト20(RollingStone)


12『ジャスティファイ・マイ・ラヴ』(1990)

「『ヴォーグ』のミュージックビデオを作ったとき、あのビデオの中で私はシースルーのドレスを着ているからはっきり私の胸が見えるのよ」とマドンナは1990年、ABCの『ナイトライン』で語った。「MTVは私にあのシーンを削除してほしいと言ってきた。でも私はそれはやらないと答えたし、彼らは結局あのビデオを放送したの。だから私は改めて思ったわ。私はルールを多少曲げることができるんだって」。マドンナは明らかに間違っていた。ジャン・バプティスト・モンディーノが監督した『ジャスティファイ・マイ・ラヴ』のクリップはS&Mや集団でのセックスをもてあそび、さらにナチズムを背景にした映画『愛の嵐』を思い出させる胸を露出した洋服まで登場させている。しかしこれらはすべてゴージャスで紗がかかっている。夢のような白黒の映像で、ヨーロッパのアートシアターが撮影したような趣のある映像である。「私たちはアーティストとしてのマドンナの作品を尊敬している。彼女は素晴らしいビデオを作っていると思う」とこのクリップに対する声明の中でMTVの重役はこう述べた。「でもこの作品は我々向きではない」。機略に飛んだマドンナはこの論議を使って、この作品を史上最も売れた「ビデオシングル」にした。「彼女はとても賢い女性で、彼女は何もそれを止められないと言っていた」とモンディーノは語る。「タワーレコードでビデオが山となって売られていたのを覚えているよ。彼女はこの作品で金も儲けた。それは素晴らしいことだよ」

監督 ジャン・バプティスト・モンディーノ: 
あのビデオはとても特別だった。楽曲はとても斬新で普通ではなかった。作曲したのはレニー・クラヴィッツだ。彼はほとんど話すように歌っている。そしてあの変わったビートもある。この曲で踊ることはできないだろう。全編、囁いているようなんだ。この曲はまるで一つの経験のようだ。誰もこういう楽曲を選ばないし、ヒットさせようとは思わない。そう思わないか? だからそれが僕をかきたてた。そういう意味では、この楽曲が、僕に作品と同じくらい勇気を持つように誘惑したんだ。

実際、僕がこのビデオの中でやったことは一つの経験だった。自分たちをこのホテルに2泊3日閉じ込めるというのが全体のアイデアだった。規則はまったくない。僕たちはあのホテルの最上階をすべて借り切った。普通撮影をするときにはタイミングがある。僕たちにはまったくそれがなかった。この部屋で僕たちは眠り、生活していた。多分15部屋くらいあった。1部屋はメイクのため、1部屋は衣装のためだった。誰も外に出て行くことは許されなかった。食べ物が置かれたテーブルがあって、みんな空腹になるとそれを食べた。ルールはまったくない。アルコールもあったし、煙草も吸えた。

僕には何もコンセプトはなかった。彼女がホテルに疲れ切ってぼろぼろになって現れ、彼女がホテルから出てくるときには生命とエネルギー、すべてに満ち溢れているというアイデアだけしかなかった。非常に変わった経験だった。とても面白かった。例えば撮影監督だ。僕たちは「普段僕たちが撮影するときに使うものはまったく使わないことにしよう」って言っていた。これはとてもおかしなことだ。映画を撮っているのか、現実なのかがわからないからだ。全体が混沌としていた。最後の朝、起きて家に帰らなくてはいけなかったとき、歩道を歩いていて非常に奇妙な感覚がしたんだ。僕は言った。「家に帰らなくてはいけないのか? 帰らなくていいのか?」って。自分が何をしたらいいのかわからなかったのは人生でそれが初めてだった。夢を見ているような感じだった。撮影ではなかった。いくつかのシーンでは本物の匂いがしたと言えるだろう。そこには何かがあったんだ。何かが起きていた。

こういう風に自由だと人は野蛮にはならない。むしろもっといい人になるんだ。セックスクラブに行くと、人々はそこでセックスをしている。でも普通のクラブに行ったときよりも、緊張感が少ないことがわかるだろう。フラストレーションも少ない。だから撮影は非常に静かで優しかった。僕たちはみんな互いに対してとても親切だったよ。マドンナと話をできないときも「マドンナは信頼できる扱いをしてくれている」と思う感じだった。彼女は周りにいる人にとても快く振舞っていた。僕たちは話し合い、雑談をしたり笑ったりした。音楽を演奏し撮影をした。疲れたときにはベッドに行った。それだけだ。普通のビデオを見れば、もっと話すべき舞台裏の物語があるのかもしれないけれど(笑)。

正直に言って僕はこの作品がショッキングだと思われていることに驚いた。何も見えないからだ。陰毛も見えないし、胸もほとんど見えない。何も悪いことはしていない。僕たちは、両親がセックスしたからこの地球上にいる。そうだろう? だから僕には理解できない。僕にとってのポルノとは人がお互いに殺し合うことだ。映画を観に行くと、血が至るところにある。でもペニスや乳房が見えることはない。僕たちは人がファックした結果としてここにいる。だから僕たちはファックすることを誇りに思うべきだ。

11『マテリアル・ガール』(1985)

「マリリンはある意味では何か人間ではないものに仕立て上げられている。私はそこに共感できるの」とマドンナは言う。「彼女のセクシュアリティは何かみんなが取り憑かれているようなもの。私はそこにつながりを感じることができる。彼女には明らかに傷つきやすさがある。そこに興味を持っているし、惹きつけられる」。1953年のマリリン・モンローの映画『紳士は金髪がお好き』のオマージュであるこのクリップはおそらく、オリジナルの映画以上にオマージュを捧げられる作品となった。2014年のMTVビデオミュージックアワードでパフォーマンスされたテイラー・スウィフトの『シェイク・イット・オフ』はノーマ・ジーンよりもマドンナに近いものだっただろう。(監督のメアリー・ランバートはテイラーについて「彼女は素晴らしいと思う。とても嬉しかった」と語った。)マドンナはその後すぐに『ビジョン・クエスト/青春の賭け』『マドンナのスーザンを探して』や『フーズ・ザット・ガール』などの映画に出演するが、『マテリアル・ガール』はミュージックビデオを核とした1本の独立した映画のように撮影された。ハリウッドの野外撮影用の場所は映画のようだし、内部のステージは輝いていてとても楽しい。彼女に従うタキシード姿のダンサーたちはカメラの前で振付された動作で叩かれ放り出されるが、誰も怪我をすることはない。「それにいずれにしても」とランバートは語る。「彼らはみんなマドンナに夢中だったわ。何も感じなかったはずよ」

監督 メアリー・ランバート: 
私はいつもマリリン・モンローの人生と人格にとても興味を持っていたの。マドンナとはその情熱を分かち合った。私は振付師のケニー・オルテガと一緒に『紳士は金髪がお好き』のダンスシーンを100万回くらい見たわ。ケニーは映画のシーンを見事に再解釈してくれた。この作品で衣装デザイナーのマーリーン・スチュワートと初めて一緒に仕事をしたの。彼女もあのドレスを見事に再現してくれた。もしあなたがとても詳細なビジョンを持っているなら才能のある人と仕事をすること。これが私のアドバイスよ。

10『チェリッシュ』(1989)

マドンナはそのキャリアの初期からハーブ・リッツと親交を持っていた。リッツは1988年のアルバム『トゥルー・ブルー』の魅力的なカバーを撮影し、本誌「ローリングストーン」誌のためにもマドンナを取っている。1987年9月10日号の表紙もその一つだ。しかしマドンナがリッツに本当に求めたのは監督をすることだった。「彼女からはずっと頼まれ続けていた。僕は動くイメージについては本当に何もわからないんだと答えていた」とリッツは1999年にアートキュレーターのフランソワ・カンタンとのインタビューでこう語った。「結局、僕は仕事でハワイに行ったときにスーパー8の小さなカメラの使い方を練習した。そして戻ってきて、できると彼女に答えたんだ。2週間後には『チェリッシュ』を撮影していた。監督し、カメラワークも僕がやった。とても刺激を受けたよ」。マドンナもモノクロの男の人魚たちがたくさんいる撮影にとても刺激を受けていた。「僕は彼女に凍った海に飛び込んでもらった。彼女は本当に逞しいよ」。亡きリッツは1990年に新聞「トロントスター」紙にこう語った。遊び心に満ちたこのビデオは論争を巻き起こした『ライク・ア・プレイヤー』や衝撃的な未来を描いた『エクスプレス・ユアセルフ』の後に発表された、ビーチへの軽い小旅行であり、MTVの目玉になった。リッツは明るい雰囲気に満ちたジャネット・ジャクソンの『ラヴ・ウィル・ネヴァー・ドゥー』やクリス・アイザックの憂鬱な『ウィキッド・ゲーム』のビデオの撮影でこのビーチに戻ってきている。

Translation by Yoko Nagasaka

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