マドンナ ミュージックビデオベスト20:監督が明かす制作秘話

15『ヒューマン・ネイチャー』(1995)

「ジャン・バプティスト・モンディーノに初めて会ったとき、私はビデオをやりたいって言ったの。これまでにやってきたものよりもダンスをメインにしたものにしたいって言ったわ」とマドンナは語る。「モンディーノはエリック・スタントンというイラストレーターが書いたこの本を見つけてきたの。スタントンはS&Mのような絵や作品を描いている人よ。でもS&Mをそのままストレートにはやりたくはなかった。もっとからかうような形でやりたかったのよ」。それまでの5年間にわたる性的に緊張感の溢れる作品—放送禁止になった『ジャスティファイ・マイ・ラヴ』のミュージックビデオ、赤裸々な写真集『セックス』、スリリングな映画『BODY/ボディ』、そしてアルバム『エロティカ』—を発表してきた後、マドンナとモンディーノは簡潔な声明(「これは人類の性質だ」)をウィンクと微笑み、そしていくつかの振付を交えて発表したのである。ビデオの中でマドンナはボンテージの衣装を身につけ、笑い、おどけた表情をしチワワを乗馬鞭で調教する。これはまるでコレオグラファーのバスビー・バークレーが作る映画『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』のようだ。「この作品は基本的に私を箱の中に入れないで、私をピンで止めないで、何を言えて何を言ってはいけないか命令しないでと言っている歌なの。束縛から解き放たれることを歌っているのよ」とマドンナは言う。「それがこの衣装の根本的な真意なの」

監督 ジャン・バプティスト・モンディーノ:
僕がわかっていることは、僕の一番の問題は、踊っているシーンでカメラが動きまくる、そういうビデオが嫌いなことだった。僕はもっと古い時代の古典的なタイプなんだ。僕は大部分のビデオが、クレーンとステディカムを使って、カメラをパンして撮っていることを覚えている。1つのパフォーマンスを5台のカメラで撮影する。そして後から狂ったように編集する。そうすればとても大きな自由が得られる。でも僕は誰かが踊っているのを見るのが好きだから、非常にフラストレーションを感じるんだ。編集を加えすぎるのは嫌いだ。僕は安定しているパフォーマンスが好きだ。その方が体の動きを本当に楽しむことができるから。人のスキルを見ることができるんだ。

僕はできるだけステージを小さくするのが好きなんだ。彼女を把握することができるから。それができないなら、みんなが走り回ることになる。僕はそういうのは得意ではない。だから箱を思いついたんだよ(笑)。箱を使うんだったら何か本当に予想もできないことをしなくてはいけないということはわかっていた。踊るためのステージがあまりなかったから。あの箱には何か美しいものがあった。彼らがまるで蜂か何かに見えた。

そして後は振付の一部をどうやって生み出すか。S&Mの衣装のグラフィックなイメージを、ユーモアを交えてどう作り出すかということだった。彼女が小さな犬を飼っていて、その犬は下に下ろすと面白いことをすることがあったんだ。チャーリー・チャップリンの映画のような瞬間があのビデオにはある。S&Mはゲームだからだ。そうだろう? SMはとても暗い。暗く見える。でも人はそれを楽しんでいるんだ。ああいうゴムの衣装を着たら、楽しんだ方がいい。もし楽しまないならそれをセックスのために使うのはやめて、ダイバーになればいい。そうだろう?

14『ベッドタイム・ストーリーズ』(1995)

このクリップはマドンナが監督のマーク・ロマネクにアルバム『エロティカ』の収録曲『バッド・ガール』のクリップの製作を指揮してほしいとアプローチしたことがきっかけで生まれた。ロマネクに会うとき、マドンナはインスピレーションのために1つのアートワークを持ってきていた。「それはとてもシュールで暗くて琥珀色で、どこか心を乱されるような絵だった。僕はマドンナを知らなかったから、彼女のアートの好みに非常に驚いた」とロマネクはDVD『Director’s Label』の中で振り返る。結局マドンナはそれまでに度々コラボレーションしていたデヴィッド・フィンチャーに『バッド・ガール』の監督を依頼する。しかしロマネクはビョークが作曲した、力溢れる『ベッドタイム・ストーリーズ』を聞いたとき、彼が絵画的なシュールリアリズムと呼んでいるものを披露するという表現方法を見つけたことがわかった。ロマネクは女性のシュールリアリストの歴史を徹底的に調べた。そしてその結果、特にレオノーラ・キャリントンとレメディオス・バロの2人の画家に捧げる作品になった。これが1995年の春にニューヨークのウェブスターホールで行われ、ニューヨーク近代美術館のアーカイブに収められることになったきらびやかなパジャマパーティーである。この派手さは予算と等しい。随所にちりばめられた精巧な視覚効果のせいである。このビデオの費用は1995年当時で500万ドルかかったという。現在もこの作品は最も多額の制作費がかかったミュージックビデオの1つである。

13『オー・ファーザー』(1989)

あなたは映画『市民ケーン』を踏まえて始まるビデオをリスペクトし、そこからさらに熱望しなくてはならない。デヴィッド・フィンチャーと2度目のタッグを組んだマドンナは、父親の死と彼との確執、そしてショーン・ペンとの波乱に満ちた結婚生活を掘り下げ、小さな叙事詩を作った。「これは私にとってもっとも自伝的な作品だわ。多少ドラマを加えているけれど」とマドンナは雑誌『コスモポリタン』誌に語った。そしてこう続ける。「完璧な自伝は退屈よ」。『オー・ファーザー』はマドンナのすべての作品の中でも最も刺激的で心をかき乱すようなイメージを提示している。幼い少女が母親の棺桶に上り、母の唇が縫って閉ざされているのを発見する。このシーンは彼女の母親の葬式の記憶から生まれたと言われている。

この歌とビデオはマドンナにとってとても個人的なものであるが、しかし面白いことに、この楽曲をシングルとしてリリースするのは彼女のアイデアではなかったようだ。「『オー・ファーザー』をリリースするのにマドンナと話し合いをしたんだ。そして僕たちはこのビデオを作り、その内容にとても満足していた。でもヒット曲ではなかったから誰も見なかった」フィンチャーは新聞『ガーディアン』紙にこう語った。「すると彼女が僕のところに戻ってきて言った。「あなたは私を失敗させたわ。あなたはこの曲のためのビデオを作りたがった。誰もこの曲を好きではないわ。私はあなたを支持したいし、ビデオを一本火曜日までに作らなくてはいけないの」って。僕が「なんて曲だい?」と聞くと彼女はこう答えた。「『ヴォーグ』よ」。

Translation by Yoko Nagasaka

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