2012年にリリースされた『MTV Unplugged』でのフローレンス・アンド・ザ・マシーンはとても衝撃的だった。このアルバムでは、シンセサイザーではなく木管楽器をバックに、フローレンス・ウェルチの壮大でありながら、気まぐれな少女聖歌隊のような声がむきだしとなっている(ライヴでは、ヒット曲やカヴァー曲が披露され、楽曲にはオーティス・レディングの「トライ・ア・リトル・テンダネス」なども含まれている)。本作『How Big, How Blue, How Beautiful』は、そんなセッション以来初となるアルバム。『MTV Unplugged』での経験は、ウェルチにいい影響を与えたようだ。ついにウェルチは、クラシックロックやソウルの世界に乗り出した。

 エイミー・ワインハウスに続いて登場したウェルチ。彼女が2009年にリリースしたデビューアルバム『ラングス』の後には、アデルの大ヒット作品もリリースされた。ウェルチとアデルは懐古的なサウンドを特徴とするソウル・ディーヴァで、似ている部分も多い。ただ、ウェルチのコンセプトはアデルよりもより大胆だ。彼女の音楽はひとことで言えば、ケイト・ブッシュの影響を受けた映画的なアート・ロック。ダンスミュージック・プロデューサーのジェイミー・エックス・エックスやカルヴィン・ハリスとのコラボで、先進性も感じさせるものとなっている。

 本作で彼女をサポートするのは、ビョーク、アーケイド・ファイア、コールドプレイなどを手がけるプロデューサーのマーカス・ドラヴス。彼はブライアン・イーノの弟子で、ロックアーティストがポップを表現しようとする時、際立った手腕を見せる。今回ドラヴスとウェルチが何をたくらんでいるかは、共作の「Queen of Peace」で明らかだ。彼女の作品で特徴的だったアフリカンドラムは、タンバリンとオーケストラの装飾に彩られたミッドテンポのバックビートに取って代わられている。シングル「What Kind of Man」はエレクトロも使用されているが、実はそれは見せかけで、金管楽器の音色の中、生々しいギターとすさまじいドラムが激突する。ウェルチ自身は、それほどリズム感に長けたシンガーではない。彼女の強みは、力強い発声やドラマティックで明瞭な歌にある。そのため、これまでロック調の歌を歌う時には、少しばかり、こだわりすぎている部分を感じた。しかし本作での彼女は、プロボクサーのような強烈なパンチを効かせる。

 このアルバムでの彼女は、セクシーさも感じさせる。テーマとなるのは、恋人や感情と葛藤する女性など。ウェルチにとってはおなじみの題材かもしれないが、歌詞のスケールは大きくなっている。歌の中で渓谷を渡り、地平線にキスし、地球を自分にたぐりよせるウェルチ。80年代ふうギターポップ「Ship to Wreck」では“シャチの歯に捕らわれたまま”、寝床に入る彼女。一方「Delilah」では、タイムトラベルし、ノーザンソウルのグルーヴに合わせて旧約聖書に登場する“魔性の女”とパーティする。シャーロット・ブロンテからケイト・ブッシュに連なる系譜を最も色濃く匂わせている「Long and Lost」は、イギリス的陰鬱を醸し出す秀作だ。さしたる目的もなく過去の音楽を復興させようとする者が多い現在の音楽業界で、ウェルチは“過去”を見事に“現代化”している。

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