シャバカが語る「小さな音」と尺八がかき立てる想像力、「音のポエム」とパーソナルな物語

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シャバカ・ハッチングスはUK屈指のサックス奏者として、サンズ・オブ・ケメット、コメット・イズ・カミング、シャバカ&ジ・アンセスターズといったプロジェクトで高い評価を得てきた。アメリカ由来のジャズだけでなく、彼のルーツでもあるバルバドスを含むカリブ海の島々の音楽をはじめ、アフロビート、ジャングルやグライムなどが溶け込んだシャバカの音楽は、近年のUKのジャズにおける最良の教科書のようでもあった。だからこそ彼はロンドンのシーンで「キング」と呼ばれていた。

そんなシャバカがサンズ・オブ・ケメットの2021年作『Black To The Future』あたりからバンブーフルートを演奏し始めるようになると、そこに尺八やインディアンフルートも加わり、サックスを手にする機会が減っていった。誰もが不思議がっていたころ、シャバカは前述の3つのグループの活動を休止すること、サックス奏者としての活動を停止し、フルート類や尺八に集中することを発表した。

その流れで2022年にシャバカ名義でリリースされたのが『Afrikan Culture』というEPだった。ここでシャバカはサックスを使わず、フルート類、尺八、クラリネットでゆったりとしたサウンドを聴かせている。これまでのサックスを用いたパワフルな高速演奏とは正反対と言ってもいい優しい響きに誰もが驚いた。

その間にシャバカは、福岡に行って竹を切り、自分だけの尺八を文字どおりゼロから造っていた。彼は本気で尺八に身を捧げようとしていた。

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フルート類や尺八を奏でることは、徐々にシャバカの音楽観をも変えていったようだ。彼に以前インタビューしたとき、このように話していたのが印象深い。

「僕が尺八を学ぶ上での最大の関心事は、いかに緊張感なくエネルギーを生み出すか。言い換えるなら、真っ直ぐな音を出すためには緊張感が不要という一種の逆説だ。真っ直ぐな姿勢で、その姿勢を保ちながらも、緊張から自身を解放し、エネルギーを生み出せるか。静止しながらも動きがある……太極拳や気功なんかもそうだけど、エネルギーの流れをいかに緩やかにある方向に向かわせるか、ということが必要なんだ。一定の姿勢を保ちながらも、その姿勢に自分が閉じ込められるのではなく、その中で流れを作ること」

「素材を(削ぎ落として)引いていくことで造られる唯一の楽器がフルート類だって話を聞いたことがある。尺八もそうだ。尺八の共鳴を理解することは、すなわち素材(竹)がどう共鳴するか、それが自分とどう揃うか、を理解すること。だから、尺八を吹くということは瞑想なんだ。素材の共鳴vs自分自身だからね」

今年4月、『Afrikan Culture』の続編というべきフルアルバム『Perceive Its Beauty, Acknowledge Its Grace』がリリースされた。ジャズの名作を数多く録音してきたアメリカのルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオを拠点に、エスペランサ・スポルディング、ジェイソン・モランといったアメリカのジャズ音楽家、アンドレ・3000、カルロス・ニーニョといったLAのジャズ〜ニューエイジ周辺のコミュニティをはじめ、イギリスや南アフリカの個性派も参加している異色の作品だ。

シャバカが考える尺八観は、そのままアルバムにも反映されている。彼は自分自身と向き合い、まるで瞑想するように、リラックスしながら自身の音を奏でている。本作は『Afrikan Culture』同様、これまでにシャバカが作ってきた作品群とは異なるものだ。しかし、音自体はやわらかくゆったりしているが、ただの優しい音楽ではない。チルでもなければ癒しでもない。そのタイトルが示すように、明らかにそこには何らかの意志、もしくはメッセージが込められている。

シャバカはこのアルバムで何を表現したかったのか。僕ら聞き手は何を受け取ることができるのか。本人にじっくりと聞いてみた。



―『Perceive Its Beauty, Acknowledge Its Grace』というタイトルの意味を教えてください。

シャバカ:アルバムのタイトルは、前に出したEP『Afrikan Culture』に呼応しているんだ。”アフリカン・カルチャー”は”その美しさを認識し”(Perceive Its Beauty)、その恩恵を知覚する”(Acknowledge Its Grace)……二つ(のタイトル)は連続している、ということ。なので、願わくば、次のアルバムのタイトルも、過去二つのタイトルに続く物語、つまりナラティブの流れを汲んだものになればいいなと思ってるよ。

―アルバムのコンセプトはタイトルそのもの、ということですか?

シャバカ:ああ、そうだ。僕の場合、音楽がすべて完成した後で「このアルバムは何を意味していたのか? どういうコンセプトだったのか?」が見えてくる。先にコンセプトがわかったうえでレコーディングに臨むことは滅多にない。だから音楽に深く入り込み「音楽が何を語ろうとしてるのか」「歌詞が何を意味してるのか」に耳を傾けていた時、このタイトルが思い浮かんだんだ。



―音楽面でのコンセプトはありましたか?

シャバカ:いや、なかったね。音楽面では、セッション用に書き溜めていたたくさんのフルートのメロディがあったので、そこが出発点だった。ところが実際にスタジオに入ってみて気づいたのは、それまでに書いたメロディを、スタジオでのメロディの作り方に反映させることが最良の方法なんじゃないかってこと。僕がやろうとしてたのは、(ゲストの)ミュージシャンが集まって音楽を作るんだけど、その時に特定のアトモスフィアや流れの中で演奏する状況を作り出し「それがどんな方向に向かい、どんなメロディを生むのか」を見ることだった。つまり全員がフルートと、もしくは僕がレコーディングの時点までに作ってきたメロディと、どう相互作用するのかってことに最も重点を置いたんだ。

―これまでの作品であなたが作ってきたメロディとは違うメロディが聴こえる気がしますが、いかがでしょう?

シャバカ:ああ、というのもこれまでのアルバムでは僕は楽譜のようなものを準備し、メロディを書き留め、それらをストレートにそのまま演奏するという方法をとっていた。それに対して今回は、メロディはたくさん書いたものの、それらをそのまま読んで演奏するのではなく、書かれたメロディが何を提案するのかを知ろうとしたんだ。

―提案するもの?

シャバカ:メロディを書くことは、僕がフルートで何を演奏したいのかを知るための練習のようなものだった。一旦セッションが始まったら、これまでのやり方で書かれたメロディをそのまま演奏して録音したものもあったし、そうでないものもいっぱいあったんだ。ミュージシャンたちが一堂に集まってライブ録音したのは、あくまでレコーディングの第一段階。生で録音したものを僕は全部聞き返し、アトモスフィアやメロディが音楽的視点の中で最も際立っていると思えた部分を、何時間にも及ぶテープの中から抽出し、再びスタジオに戻り、新たに書き加えたメロディをさらに追加でレコーディングした。

たとえば「As The Planets And The Stars Collapse」や「Kiss Me Before I Forget」のパートの多くは、2回目のレコーディングで書かれたものだ。そこにはミュージシャンたちはいない。バンドというコンテクストで録音したもののうえに、僕が新たに書き加えたんだよ。

Translated by Kyoko Maruyama

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