『マジカル・ミステリー・ツアー』:ビートルズのサイケなアルバムに秘められたストーリー

DOUGLAS WOLK | 2018/01/06 11:00

| (Photo by Cummings Archives/Redferns) |


バンドの創作活動がスローダウンした理由は単純だ。ちょうど“素敵な夏”の真っ最中でドラッグ・パーティが多く開催され、リンゴ・スターの当時の妻モーリンが臨月を迎えていたためだった。マネージャーのエプスタインの家でもパーティが行われた。エプスタインはパーティの前に大事な打ち合わせをしようと、メンバーたちに早めに来るよう伝えていた。「その頃は誰もがめちゃくちゃで、常にラリっていた。打ち合わせどころじゃなかった」と、ハリスンは後に振り返っている。

それでもバンドは、少しは活動をしていた。8月の終わり、マッカートニー作の懐古的な曲「ユア・マザー・シュッド・ノウ」のレコーディングのためにメンバーが集まった。また、超越瞑想の導師マハリシ・マヘシュ・ヨギとも面会している。ヨギはそれから約1年間、彼らの生き方に大きな影響を与えた。

8月27日、ブライアン・エプスタインが処方薬を誤って過剰摂取したことにより死亡しているのが発見された。その頃ビートルズは、徐々に彼と疎遠になっていた。エプスタインとのマネジメント契約の終了期限が迫っていたが、バンドが契約を延長するつもりだったかどうかは定かでない。エプスタインは、ビートルズを冴えない小楽団から世界のカルチャーを制服する軍団へと成長させ、約6年間に渡りバンドのビジネスを切り盛りした。

「我々は彼を愛し、彼は我々の一員だった」と、その頃レノンは語っている。エプスタインは実際、バンドの重要な役割を担っていた。彼の鋭いビジネス手腕のおかげで、バンドは音楽に専念することができた。各メンバーのアーティストとしての個性は、クリエイティブな化学反応を生み出したが、最終的にはビジネスに関わる問題が数年後にバンドを分裂へと導くこととなる。ハリスンはのちに語っている。「メンバーの誰も、自分たちのビジネスや経理についての知識がなかった。エプスタインにすべて任せっぱなしだったが、それが後に混乱を生んだ」

エプスタインの死から数日後、ビートルズは再結集したが、これは『マジカル・ミステリー・ツアー』のプロジェクトを続行する目的であり、新しいマネージャー探すためではなかった。9月5日〜8日にかけてビートルズは、特にサイケデリックな3曲をレコーディングした。幻想的な「ブルー・ジェイ・ウェイ」は、8月初旬のロサンゼルスへの旅行中の出来事にインスパイアされてハリスンが作った。インストゥルメンタル曲「フライング」は、メンバー全員がクレジットされている。そして最もレノンらしい「アイ・アム・ザ・ウォルラス」は、「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」からの影響を連想させる。「最初の一行は、ある週末にLSDでトリップしている時に書き、次の行は翌週末のLSDトリップ中。最終的には僕がヨーコと出会った後にできあがった」と、レノンは後に語っている。
Translation by Smokva Tokyo

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